ジークフリートに続き、
これもアドベンチャーシートで観た。
Staff
Muzikale leiding : Hartmut Haenchen
Regie : Pierre Audi
Decor : George Tsypin
Kostuums : Eiko Ishioka (✝)/ Robby Duiveman
Licht : Wolfgang Göbbel / Cor van den Brink
Choreografie : Amir Hosseinpour
Dramaturgie : Klaus Bertisch
Cast
Siegfried : Stephen Gould
Gunther : Alejandro Marco-Buhrmester
Arberich : Werner Van Mechelen
Hagen : Kurt Rydl
Brünnhilde : Catherine Foster
Gutrune : Astrid Weber
今回のアドベンチャーシートは舞台奥を丸く囲む屏風のような板の上にある。
ジークフリートやワルキューレのものより見晴らしがよくなっている。
後方斜め上(かなり高い位置)から舞台を見下ろす。
厚い透明アクリル板が張られた舞台は格子状の枠で支えられ、
表面には役者が演技をする上の色とりどりの目印用テープが貼られている。
透明アクリル板の下ではスタッフが奈落の用意をしたり、
火をセットすべく合図をしたり、
はたまたドライアイスの吹き出し口を抱えて走ったりしているのが見える。
また、この舞台は役者が後方の高い位置から入退場することが多く、
そこへ続くアルミの階段がアドベンチャーシートの枠と同じ土台なので、
役者やスタッフがこの階段を上下するたびに席の土台がぐあんぐあんと揺れ、
お、出番かな、とわかったりもする。
横を見やれば照明の兄さんたちがキャットウォークを歩いていたりする。
という具合に、なかなか面白い。
まずこのストーリー。
長大な物語の最終回であり、
「世界の終わり」を描くわけだから、
演出も歌い手も力がはいるのは当然。
DNOならでは、の、期待通りの大スペクタクル、
実力のある歌手たちの緊張感あふれる熱演で、
たいへん満足。
「ジークフリート」で清々しいヒーローだったジークフリートは、
神々の黄昏では実に弱い、情けない男になりさがってしまう。
それもつまらぬ薬のせいなのだ、、、
と、これまで思っていたのだが。
ジークフリートは元々、粗野な教育のない男で、
ただただ体躯の強さ、野心と豪快さ、そして素直さが中身で、
力は神が与えてヒーローになったわけだ。
だから安々とひとに騙される。
誰にも愛されずに育ったのだから。
それでジークフリートが薬で最愛の妻を忘れてしまうのも、
仕方のないことなのだ。
彼はナイーブすぎた。
そして熊のような男は殺される。
ドロドロとした欲望と嫉妬に縛り付けられたハーゲンに。
ハーゲンこそ、これまで絶大なるパワーを示していたヴォータンに変わる
新しい力として登場する真の主役かもしれない。
この世は終わる。
どうやらいずれ終わるのだけれど、
ハーゲンという1人の男の存在がトドメを刺す。
ステファン・グールドのジークフリートはよかった。
愚かで、粗野で、力強く、そして哀れだ。
ツヤのある声はこの役によくあう。
ものすごく太っているのに身軽に走るから、
熊のようなイメージで可愛げがあるところもいい。
でもなんといってもクルト・リドルのハーゲンは凄まじかった。
素晴らしく張りのある声。
憎々しい演技、
どっしりとした悪人の風格。
文句ない。
ハーゲンは入道のようなスタイル。
裸の上に黒のマント風ロングコートを着ている。
ハーゲンの強さと悪どさに反し、
その異父兄弟たちのギービヒ家の兄妹の
弱さと中途半端さは衣装にも現れている。
この二人は純白の古めかしいドレスと細身のロングコートで、
情けない貴族を演じている。
舞台は時々歌舞伎のような演出に思える箇所がある。
ジークフリートが隠れ頭巾でグンターに扮しているときは、
白いコートのグンターの横で、黒衣のように、黒いコートのジークフリートが歌う。
そして、最後にブリュンヒルデが炎に包まれる場面は、
火を多用するこの舞台で、あえて、火を使わず、
真紅の巨大な布を炎に見立てる。
このふたつのシーンはとても歌舞伎的で面白い、と思った。
私が座っていたのはこのトレイラーのなかにでてくる
槍が突き出てくるところの真上だった。


