大阪に帰る
こんにちは、文系母ちゃんです。

文系母ちゃんは、今、東京に住んでいますが、生まれは大阪。今年の年末は大阪に帰阪しました。

東京から大阪まで新幹線に乗って移動しました。超混雑した東京駅で東海道新幹線に乗るだけでも一苦労。通常の平日とは違い、スーツケースを持った人ばかりでベビーカーで進むのが大変でした。

席は、約40日前に予約し、1か月前の席確定の日の朝に最前列の席に席変更して何とか最前列を確保しました。幸い、我が家のベビーカー、コンビのメチャカルハンディオート4キャスは、新幹線の一番の席なら、たたまずに入ることができ、1歳の息子はベビーカーに乗せたまま、新幹線を過ごしました。しかし、小1の娘は乗り物酔いが酷くて酔い止めを飲んでも、乗車中に吐いてしまいました。

それでも優しい方もいて順番待ちで譲ってもらったりしました。(おおお、世の中捨てたもんじゃない。)

将来的に物理的シングルマザーになるつもりですが、東京大阪間の移動だけでも本当に大変でした。無理では無いにしても、シングルマザーの方はどうしているんだろう??? 文系母ちゃんはやっていけるのか???と不安になったり。

帰阪後は、親戚周り。親戚が多いので厳選2家族を訪問。子供たちはいろいろとお菓子をもらいました。そして、翌日はキッズプラザに娘を連れて行きました。息子はベビーカーで眠ってしまい全く楽しめませんでしたが、娘はそれなりに楽しみました。

 

おじいちゃんとあと何回会えるかな?
私の両親は、当時としては高齢(36歳)で私が生まれたので父はすでに76歳。私も息子を高齢出産で産んだので、息子はまだ1歳4か月。父方の家系は短命ばかりで、父が75歳まで生きているのは記録更新中です。なので、息子はあと何回、父と会えるかわからないので出来る限り抱っこさせようとしました。しかし、泣いて嫌がる。でも「タッチ」は喜んでやるので、父と息子はタッチのみ何度もしました。

お酒が大好きで、リンゴ型肥満(お腹周り110cm)の父には、
私「まだまだ息子はおじいちゃんのこと覚えてへんで。長生きしてや。」と言ってきましたが、
父「覚えてもらわんでええ。」と
やる気のない返事をしてきました。
77歳になると喜寿の同窓会があるらしいのですが、それにも
「あと2年もあるなぁ。でられへんな~。」と弱気越し。

いろいろ病気は抱えておりますが「健康生活をして、あと10年は生きてほしい」と思う傲慢な文系母ちゃんです。

ドクターイエロー駅弁
そんなこんなで、2泊3日の旅程を終えて、3日目の昼には東京に戻りました。
帰りの新幹線で娘が希望したドクターイエロー弁当(1480円) 。値段の割にちょっとしか入ってない!
娘(7歳)は、「お弁当の中身でこの弁当を選んだ」といっていましたが、明らかに、息子(1歳4か月)が、言葉図鑑でドクターイエローを何回も指さしており、息子にドクターイエローを買ってやりたい感じでした。そこで奮発して購入。

息子には大ヒットで空箱を気に入ってずっと手に持ってウロウロしています。