【ご法門】 「謗法(ほうぼう)は なしとおもへど 唱題(しょうだい)に をこたりあらば 願(がん)は成(じょう)ぜず 」 【御妙判】 「少(すこ)しも謗法不信(ほうぼうふしん)のとが候(そうら)はば 無間大城疑 《(むけんだいじょううたが=無間地獄に堕ちる事)》 ひなかるべし 」 (阿仏房尼御前御返事) 【御妙判】 「 御利益(ごりやく)のいただけぬみち 四(よ)ついかに うたがひ まよひ ほこる をこたる 」 【御指南】 「当宗(とうしゅう)の信心(しんじん)とは口唱也(くしょうなり) 口唱の行(ぎょう)をつとむれば 必(かなら)ず諸(もろもろ)の災難(さいなん)を払(はら)ひ 物毎願(ものごとねが)はずして 都合能(つごうよ)く無病息災(むびょうそくさい) 不思議(ふしぎ)の御利益を 日夜(にちや)に蒙(こうむ)る事 疑(うたが)ひ更(さら)にあるべからず 口唱はつとめて怠(おこた)らざれば 仏説(ぶっせつ)の真実(しんじつ)なる事を感得(かんとく)するもの也 」 ➡ 御法 《(ごほう=法華経本門八品所顕上行所伝の御題目)》 をそしる事を謗法といいますが、物(もの)の謗法として他宗派の像・軸・お札・福笹・おみくじなどグッズ類をすべて家から撤去(てっきょ)したとしても、心の謗法として毎日朝夕にしなければならない御題目の口唱を怠っていると願いも叶(かな)わないと説かれています。そして謗法不信の心が少しでもあれば他宗派の人同様に定業(じょうごう)として阿鼻大城(あびだいじょう)の底(そこ)のない無間地獄(むけんじごく)に堕(お)ちると説かれています。又、御利益がありますようにと願って信心をしている積もりになっていますが、さっぱり御利益が戴けないのは、① この萬法具足(まんぽうぐそく=佛様の総ての教えが包み込まれていて不足な教えなどが無い)の信心を心から信じていない不信。 ②そこから派生(はせい)する他の宗旨の仏・神・外国の神などに願い事をする迷い。 ③長年信心をしているので自分の方が上だと思い込み人から折伏(しゃくぶく)を受けても信心改良できない慢心。 ④そしてしなければならない朝夕の御題目口唱やお給仕・御奉公の怠り。 などが原因で御利益が戴けないのだと諭(さと)されています。当宗の信心は御題目口唱の修行を毎日朝夕に実践していれば、災難を逃れ、御奉公ができるようにと御宝前から家族も含めて無病息災の不思議な御利益が戴けると説かれています。そして別段お願いなどしなくても諸事うまく運んでもらえるとも説かれています。そんなことがあるものか?と思われてもやってみようかな?と考えるか?他の信仰を調べてからにしようと後回しにするか?妙不可思議なことを否定して結局死ぬまでやらないか?のいずれかです。しかし残された時間がどれだけあるのかは誰にも判らないことです。無常の世の中で生活している事を忘れずに! 明日事故などにあって死ぬかも知れない事を是非考えてください。早いに越したことはありませんよ。私は親の代から信者ですが、58才からお助行がきっかけで朝参詣とご法門聴聞をするようになりました。それまでは信心に否定的で親の話など聞く耳がありませんでしたが、やってみると色々な場面で御利益を戴いていると感じられて、面白いですよ。たとえば、長男は当時40才間近でしたが、結婚する様子がありませんでした。お講師に相談したところ、良縁成就の御祈願を掛けなさいと教えて戴き、それから約4年間毎日朝参詣をして、お寺で毎日お導師に言上をして戴きました。お陰様で良縁をいただき結婚して、更に長男を授かり健康に育っています。時間は掛かりましたが、大きな御利益を戴いています。又、併せて家族揃って無病息災に過ごさせて戴いています。ありがとうございます。
