あなたは、隣人とどれくらい親しいでしょうか? 思い返すと、社会人になったばかりの私は以前住んでいたアパートの両隣の隣人と一度も会話を交す事なく2年が過ぎた事がありました。 果たしてこれは珍しい事なのだろうかと、思い、 周囲の友人に尋ねると、そういった経験を持った人、はたまた今そういう状態にある人が思った以上にいました。

文明開化を迎える前の時代の日本に遡ると、”隣組”なる言葉がある事からもわかるように、人々は近隣住人と支えあって暮らしを営んでいました。(別に私は日本史の権威でも何でもないので、大河ドラマから見られる営みからそう認識しています。。。) いや、そこまで昔に遡らなくても、私個人の経験では、昭和はまだそういった風習がまだ残っていました。そして田舎に行けば、今でもそういった風習は残っています。

これは何をさしているのでしょうか? 

文明。つまり、産業革命により、得た車等移動手段。そしてインターネットの出現により、遠隔にいながら、コミュニティに参加できるという手段を人々が手に入れた事と人々の営みの変化は密接に絡み合っているという事だと思います。 人は一人では生きていけません。これはどの時代にも共通して言える事です。しかし、誰に支えてもらうのかを選択する事ができるようになったのです。

産業革命以前、ほとんどの人は自分の生まれ入ったコミュニティ(家族、隣組、家業を取り巻く組合等)で生涯を終えていたようです。 それは移動の手段がなかったからであり、産業革命後、車、電車等の移動手段を得た事により、仕事のある場に移り、新たなコミュニティを形成する人が増えます。(所謂、上京というやつですね。)
ここで隣組と一生過ごさなければならないという現実からくるピアプレッシャーが崩れ、隣組の結束力は一段階弱くなったのではないでしょうか?

そして次のパラダイムシフトはインターネットな訳ですが、これを一括りにインターネットというよりは、Facebookを代表としたソーシャルネットワークサービスの出現が大きな変革を起こしたというのが正しいのだと思います。 Facebookの出現はインターネットを情報収集の場から、人と人がリアルな繋がりを新たに創出する(または補完する)場へと昇華させました。 人は、自分の趣味嗜好にマッチしたコミュニティに参加し、また時にはコミュニティを創り上げる手段を手に入れたのです。 人々の生活の一部がインターネット上にシフトしたといっても過言ではないでしょう。 

今私達が生活している世界は、偶然物理的に近い隣人に支えてもらわなくても遠隔にいる、自分の選んだ仲間に支えてもらえる時代なのです。自分の生まれ入ったコミュニティが手薄になるのはしょうがない事だとも言えます。しかし、社会は生き物です。すぐに次のテクノロジーの到来により、今ある人の営みはまた大きな変化を迎えるのでしょうね。。。


明日目が覚めると、今までと同じ視点で物を見る事は出来なくなっている。

人は自分が置かれるロールによって、見方、感じ方、そして行動が大きく変わるものだと思う。 

私は、明日Ant's Eye View Japan (アンツ・アイ・ビュー・ジャパン)という会社を立ち上げる。ここまでの道のりは大変長かったが、ついに自分だけの新たな視点を手に入れる事となるのだ。果たして、社会ネットワーク上で私のロールが変わる事により、社会ネットワーク自体にどれだけの好影響を与える事ができるかは、わからないが、少なくとも今、日本と日本企業が置かれている状態を少しでも良い方向に修正したいという決心を持って会社を立ち上げる。その初心のベクトルを失わないよう日々一時一時大切に自分のロールを全うしてくつもりだ。

とりあえず、私を心の支えとなってくれた家族。海の向こうの素晴らしい仲間達。そしてこれから一緒に荒波に乗り出す仲間との出会いに感謝する。

ありがとう。