最近飲酒運転の事件が公判入りしたりとかニュースをよく見るんやけども。
そうゆうニュースを日記にしてる人らが殺伐としてんな~って思うことがホント多くて。
言いたいことは色々あるけど今日は代表的な論法を1つ設定して思う所を。



一応法律の話なんやけど、オレはかじったとゆうかなめたとゆうか(正確にはなめたのは辛酸)。。
舌先で触れた?ぐらいのモンなんで(断じて謙遜なんて高尚なもんじゃなくて)専門用語とかは無いです。
でも何かウダウダ長いので考えごと好きな人はどうぞ。
(ちなみにどうやら刑法は一つも単位取ることなく卒業を迎えそうですw)





「あなたは被害者の立場でもそう言うんですか」論法





これはやっぱり凶悪な事件についての話に及んだ時に出現率が高いね。
飲酒運転で子供3人死亡とか。
母親レイプ(未確定)して殺してそれ見てた乳児殺したとか。



そうゆうケースで、死刑(厳罰)なのこれ?って疑問を投げかける人(多くは弁護士)は恰好の的。
その人らを多少なりとも擁護した人も同じく的にされます。
見つかればオレも的の仲間入りやな。。





これについては森さんがいい表現をしてたと思う。
若干指摘内容は違うんやけどここでも言えると判断したんで使います。



「本当の憎悪は激しい苦悶を伴う。でも一人称単数の主語を喪った憎悪は、実のところ心地よい。だからこそ暴走するし、感染力も強い。」



(「世界が完全に思考停止する前に」森達也より)
http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%8C%E5%AE%8C%E5%85%A8%E3%81%AB%E6%80%9D%E8%80%83%E5%81%9C%E6%AD%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%89%8D%E3%81%AB-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%A3%AE-%E9%81%94%E4%B9%9F/dp/4043625030




たとえば自分が被害者の立場に立てたら、「法律とか知るか!まったく同じ方法でぶっ殺してやる!」ってなるかもね。
でも、それをオレが認めたって何の変化もないわけです自分の法律的な意見には。
「確かにそう言うかもしれませんが、何か?」ってゆう。



感情を野放しにしては危ないね、つって法律ができたわけで。
あくまで当事者ではない人たちができる話は、法律的にどう罰すべきかでしょ。
「目には目を」じゃ片付かない事案は無視して、簡単に1人殺したから死ねとはオレは言えない。



①完っ全にクロの快楽殺人鬼を仮定して、そいつが殺人犯した場合。もうめっちゃくちゃに残忍な手口で惨殺してんの。



②相当精神的にも身体的にも痛めつけられて、こっちが殺らんと殺られる!てなるぐらいの精神状態に追い込まれて殺した場合。



②にも同じように「目には目を!」てゆうわけじゃなかろーに。
それってすごい殺伐としてるとゆうか。。
だいたい①と②の罪は同じ「殺人罪」なんかいと。



だからこの二つがどう違うのかとか、じゃあこうゆう場合とはどう違うかとか考えていくと、やっぱ感情論じゃ通らんくなる。
②はかわいそうだからセーフ、てするとしても、何となく感情的にかわいそうだからセーフ、じゃダメやん。
「かわいそう」の度合いとか人それぞれやん。
そしたら裁判官の情で死刑が増減するんかいと。



・仮に被害者の立場に立つことができた場合の意見として、「法律とか知るか!死ねっ!」ってなること。



・当事者ではない(一人称単数ではない)自分が、犯人を法律的にどう裁くべきかなーて考えた末の意見として、「死刑じゃなくてもいいんじゃない?」ってなること。



この二つは全く違う次元の話でしょうよ、と。
だから別にこれらは矛盾しないわけで。
そうゆう意味で反論になってないってのがまず第一点。





あと、この主張の苦手な所は、自分はすごく想像しているのにお前らは想像してない的な言い回しをしながら、自分の想像力の無さに対する謙虚さというものがあまり感じられない所でして。



誤解してほしくないのが、オレはああゆう人たちより想像できとる!とかそうゆうんじゃなくて。
オレも含めてみーんなたいした想像力なんかもちあわせちゃおらんのじゃないかと。
そこを認めましょうよ、と。
わかった気になるよりはだいぶマシやと思う。



まずは、

「本当に、本っ気で被害者の気持ちになれるとでも思ってるんですか?」
と、問いたい。



どのへんで「あ、今被害者の気持ちになれた」て判断してんのか、と。
被害者に確かめたわけでもあるまいし。
そもそも確かめようもないと思うけど。
言語で伝えられる程度のものじゃないやろーし。



そういった感情の出どころをうやむやにしておいて、よくそこまで暴走するな~とゆう人も中にはいました。

あ、うやむやにしてるから暴走できるのかな。

なんかあたかも被害者感情をわかった気になって、みんなで「コロセコロセ」の大合唱でしょ。



「でもあなたたちは被害者ではないですよね?」

ってゆうつっこみはもっとされるべきだと思うな~





それで当事者感覚を抜きにして話をしましょう、てなると、どうしても法律がからんでくる。

そしたら法律はようしらん、になる。

いや、まあいいんだけど知らんで。

オレもようしらん。



それより問題なのは、彼らがその感情を法律論の話をしてる人にも向けてくるってことやと思う。

そして、あたかも反論のように使ってる人が多い。

実質的には反論にはなってないのに。



これなんでかなーって考えたんやけど、やっぱり同じ次元の議論だと誤解してるんだと思う彼らは。

さっきも言ったけど、被害者感情に重ねて感情的には「ぶっ殺してやりてえ!」てなったとしても、「まあ法律的には死刑はちょっと、、」って言ってもいいわけで。



ここを矛盾してると捉えてるから、なおさら立場の転換(実際転換ではないんやけども)が難しくなる。

何か法律論に納得したら負けたような気がする。

実際には話題が変わっただけなのに。



1人で(またはその感情を共有する人々と)言うぶんには別になんも問題はない。

感情的にはそういった凶悪犯罪を許せないと思うのはいたってフツーだから。

でもそれを法律論に持ち込もうとするとえらいことになると思うなー




でわでわ。


fro


こないだチャリから落ちたゆう話したんやけど、あれから以下の症状が出てて。



① くしゃみすると右のアバラが痛い

② 爆笑すると右のアバラが痛い

③ つかなんか右のアバラが痛い



今、「それ、アバラにひびいってんじゃね?」って思った人。

ボクもそう思います。

うっすらね。



いやー折れる折れるとは聞いとるけども。

でもまさかあんなんでヒビはないでしょう。

骨密度とキャップの似合わなさには定評のあるこのボクに限って。



チャリで転、、落ちてアマガエルになってアバラにヒビて。

オレが人事なら内定取り消すわ。

最悪のステータスやろ。

ルイーダの酒場にいても絶対仲間に入れない。



ただ、病院には行かないんで本当にヒビなのかは確かめられんけど。

アバラの1本や2本で病院なんか行ってられるかてやんでい。

中学時代バリに牛乳飲んでみる。





さて、今日はこれ見てきました。

http://www.acros.or.jp/hiroba/hiroba_info/event/hiroba_picture.html



「世界報道写真展2007」@アクロス福岡



「世界」という単語を使う時、頭の中には何が浮かんでいるだろう。

知っているようで、実のところは何にも知らないに近い。

何次情報かもわからないほどに薄められた「世界」の数々。



あまりに定義が不明確で、

そもそも定義自体がほぼ不可能で、

それでも定義することをやめてはいけない。



そういえばそんな単語だったな。

「世界」って。

と再確認。



もちろん目を背けたくなるような暗い写真もある。

これまで「世界」からはほとんどはずされていた世界。

そこに、ようやくフラッシュという名の光が当たった。



その光に浮かび上がった世界達が、

「世界」中の人の目に届いて、

「世界」の仲間入りを果たしていく。



あなたの「世界」はどんな場所ですか?

ロケット弾で腕がちぎれた人もいますか?

生後数ヶ月で死んだ赤ちゃんは?



僕は彼らを自分の「世界」に入れることにした。

別に入れる義務なんかないけど。

「世界」の住人に検閲はかけたくないんで。



いやーまだまだ。

全然だめだ。



「世界」は想像以上に小さいし、世界はとんでもなく大きいようであります。

藤岡隊長。







すごく好きな「世界」のひとつです。

仲間入りっつか殿堂入り。





さて、音楽の方は、、どうしよう。

ここには前書いたけど音源を見つけられなかったこれをご紹介。




"ワールズエンド・スーパーノヴァ" / くるり



もうヘビロテもヘビロテ。

毎日10回は聴いてる。

あとは事変のキラーチューンかな最近だと。




"キラーチューン" / 東京事変



どんな曲かは爆音で聴いて自分で判断するといいと思います。




でわでわ。


「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。」

byニーチェ



たとえば新雪の上にダイブして「バフっ」てやったとしよう。

この時あなたは「倒れた」のか?

それとも「転んだ」のか?



それを一部始終見ていた者なら、もちろん前者だと答えるだろう。

しかし、途中から見た人にとっては、後者の解釈も可能なのだ。



さらに言えば、「寝転がる」「転ぶ」の違いも曖昧だ。

芝生の上に前転して寝転がった場合を仮定してみよう。

本人は寝転んだつもりでも、途中から見れば転んでいるようにしか見えない。



人はすぐ「転んだ」などと言って人を馬鹿にする。

しかし、実際のところその定義は主観的で曖昧なものなのだ。

本人が「寝転んだ」「倒れた」と言い張れば、反論の余地はないのである。



少し前置きが長くなったが、、、



こないだチャリから落ちた後、地面に寝転んで起き上がった、どーも、ボクです!



いやーよかった転んでなくて。

危うく転ぶとこだったけど。

落ちた後地面に寝転んだだけだから。



確かに落ちはした。そこは認める。

ボクが地面に落ちたときの姿勢を普段からやってる動物としてはアマガエルが挙げられる。

何しろ上半身からいったからね。



周りに人がいなかったのが残念でしょうがない。

誰か見てたら、



「あ、今誰か自転車で転、、なんだ、アマガエルか。」



てなもんですよ。ええ。

まさか人だとはわからなかったでしょう。



ただ、落ちはしたものの、起き上がんのはもんすご早かったからね。

もう起き上がるために倒れたんじゃないかってぐらい。

ボクが飛影だったら「馬鹿め、(倒れたように見えたのは)残像だ。」とか言ってますもん。

「馬鹿め魔金太郎。」って。



周りに人がいなかったのが残念でしょうがない。

誰か見てたら、

「あ、今誰か自転車で転、、なんだ、おきあがりこぼしか。」



てなもんですよ。

おきあがりこぼしがわからない人は↓へ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%90%E6%B3%95%E5%B8%AB



ボクサーだって10秒以内ならセーフだろ?

それに比べりゃオレなんかものの1秒ぐらいだったから。

ある意味KO勝ちみたいなもんだろう。



んで姉にも聞かれたんで先に断っておきたい。

「何でチャリから落ちたの?」

という質問は無意味だし間違ってる。



人がチャリから落ちるのに理由なんかない。

人を好きになるのがそうであるように。



何か事件が起こると、マスコミや大衆は必死でその理由をつきとめようとする。

そしてもっともらしい理由をあてはめては、次の事件へと動いていく。



そんな無意味な理由づけをするよりは、

「理由はわからないが、そんなこともあるだろう。人間だもの。相田みつを。」

と言い切れる人ニ私ハナリタイ。



そう、ボクはちょうど恋に落ちたかのように、自転車から落ちた。

ただそれだけのことなんだよ。。





言い訳はこれぐらいにしてそろそろ音紹介を。



tr



"night & day" / tracey thorn
http://humanrecord.jp/?pid=3788522


この曲を聴いて
心の隙間に何か入ってきたら
それはきっとトレイシーの声のせいです


このアルバム、ジャケット以外にも何かに包まれてます。
それも全体的に、まんべんなく。
それは秋にも似た何か。


FPMのMIXで知って以来ずっとEverything But The Girl名義だと思ってて。

見つけるの苦労したけど苦労の甲斐ありました。


全編にわたってほぼギター1本の弾き語り。
それが彼女の声を一層引き立ててます。


1982年に、ある19歳の女の子が鳴らした哀愁。

四半世紀経ってもまったく色あせてない。





でわでわ。