上手いだけじゃダメだし、下手でもダメだし。 | 饗庭あやこ~音紬日誌~

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札幌で三線弾いたりピアノ弾いたり歌ったりしてます

今日は久々に表現仲間(とでも言うのかな)のライブを見に行きました!


毎回書いてるけど、ジャンルは違えど「表現」という意味ではとても刺激を貰ったり勉強になったりすることがあるので、出来る限り行くようにしてるのですが今回は凄い。


そのジャンルは専門外ではありますが、なんというかその方、今回は周りの出演者の人とのもの凄いクオリティーの差が顕著で、凄い先を行かれた感がありました∑(-x-;)


一般投票16組中3位って、私の中ではダントツ1位で良いと思ったんだけどなぁー…w


この企画は2回目で、前回は結構全体のレベルの高さもあったけど今回は私個人の感想としては、上位と下位の差の開きが凄かった。(いつも上から目線ですみません…(^_^;)


私は本当にそのジャンルの技量やらなんやらはわからないけど、お客様の前で表現をする人としての目線でいうなら今回、本当に引き込まれたのは3組さんだけでした。


上手い…ですよ。

凄く練ってる感もあるし、、流石みなさんプロ。


でも、なんか違う。


歌でもこういうのってあります。


技術は標準より上の歌唱力、個性もあるし、隙もないんだけどなんか違う。


好きなジャンルとかそういうのじゃなくて、今回新しく気付いたのは「共感」でした。


ここでいう共感は、「あ、私もそう思う」の共感じゃないです。

共に同じ空間を過ごす中で、表現者の求める感情を抱いて共有してもらうこと。

とでもいいましょうか。


お客様を引き込まなきゃいけない。

そして何より、自分のペースに、自分の空気に染めなければならない。


なんか、そこが凄く思った。


その共感性が抱けなかった人のときは、どれだけやっていることが面白くても、楽しくても、素晴らしいと思っても、なんか自分がその空間客観的で離脱してる気分になっちゃいました。


俗にいう覚めてるってこういうことなのかな。


逆にそれが凄く上手いというか、恐らくみなさんそれが素で無意識に確立してるのだと思うのですがそういう方は、多少のミス(のようなもの)があっても印象に残ってる。


一人、未だに凄く心に残ってる方がいたんですよー。

でも、表現自体は他にもっと良い人沢山いた。


その中でもダントツに色んな仕草、存在、表現、全てにいつの間にか引き込まれていて、凄く応援したくなっちゃいました。


また見たいなぁーヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ


下手でもそれはそれで問題なんですが、その実力不足をカバーできるものがあればいいし、上手くてもものごとが確立しないということはこういう面も含め、非常に人間の第六感、はたまた第七感…


はかりしれない人間の「感じる」という感覚からくるんでしょうね。


私も本番明後日(もう明日?)


初対面の人の心の琴線に触れることは、もの凄く難しく、逆に知り合いの様に自分への固定概念を持たれていないことを考えると、実はそんなに難しくないのかもしれません。


今日行ったら観光客沢山いたし、本番晴れ予報だし、自然のままで楽しみながら過ごせるよう最低限の体調管理なんかは頑張ろう。