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つらつらと綴る日々の思い

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残りわずかな母との時間に悔いを残さないように、私は、毎日、母のいる病院に通った。車で片道40分。食欲があまりなくても、フルーツや口当たりのよいスィーツは喜んだので、毎日持って行った。
もう一つは、ハンドトリートメント。少し前に、友人の講座で作った、ローズオットーの入った贅沢なトリートメントオイルでしてあげた。

でも、それ以外は、何もできなかった。
母が何も言わないから、母の心の痛み苦しみを聞くこともできなかった。本音を話すことを避けていた。

そして、最後まで、彼女の本当の気持ちを聞くことができなかった。感謝の気持ちを伝えることができなかった。


父のところには、数日に一度程度しか行けなかった。
父のいる病院は、私の家の近くだが、母のところに行ったあとなかなか難しかった。
いや、というより、その姿を見ることは、辛くて行かない理由を作っていたのかもしれない。自分にしてあげられることがないのも切なかった。
彼は、腕も脚も曲がった状態で膠着し、目も見えているかどうかわからない。口から食べることも出来ず、点滴のみ。
でも、話しかけると反応がある時もあった。声は出ないけど、懸命に口を動かし何かを伝えようとしていた。何を言っているかは、わからなかった。


今日は、ここまで。

8月13日
A先生から本人、わたし、弟が話を聞いた。母にも、肺ガンと肝臓ガンの現在の状況をきちんと話してくれた。 
母は、この時も、そしてこの後も、死に対する怖れや悲しみを口にすることはなかった。

母を病室に返したあと、私たちにおそらく一カ月であろうこと、緩和ケア専門病院への転院の手続きは、進めてもいいが、そこまでもたない可能性があること等を話してくれた。

このあとのA先生の一言
「お母さんは、幸せですよ。ここまで、自分の家で息子さんと生活することができて。」

私も弟も、救われた。
特に弟は、母の体調不良の訴えを「歳のせい」「身内や友達に不幸が続いて落ち込んでるせい」などとしてきたことを悔やんでいたので、この一言がなければ、ずっと自分を責め続けていたと思う。

先生は、本人の苦しみや痛みを減らすことをしていってくれるということだった。

とにかく、残りわずかな時間をできるだけ穏やかに過ごせるようにと願うのみだった。

今日は、ここまで。
昨日は、二人まとめての忌明けの法要だった。
二人が亡くなってから、あっという間だったな。

二人ともが余命一カ月くらいと覚悟した七月末から二人の本葬をした九月末までは、本当に長かった。いろんなことがありすぎた。

だから、まだ、このブログ長くなりそうだな。



8月2日
弟が胃と大腸の検査の結果を聞きに行く。
そちらは、まったく異常がない。
だから、週明け5日に、今度は呼吸器外来を受診するように言われた。

母は、大腸の検査以来、トイレに行く以外は、寝たきりになった。トイレに行くのも大変そうで、それでも、失敗しながらもトイレだけは、自分で行こうとしていた。

私は、そんな母を見ていて、とにかくこのまま家にいては、どんどん体力を消耗するので、今後、検査するなら入院させてほしいと思っていた。



8月5日
呼吸器外来受診。
胸部レントゲンと血液検査。
CT撮ってるのに、今更?

結局、初日のCTの画像から、肺と肝臓の腫瘍は、あまりいいものではない。たぶん、肺が原発なので、3日後、肺の内視鏡検査をということだった。

また、通院?
私は、医師に、この一週間でどれだけ母の体力が落ちたかを訴えて、なんとか入院での検査ということになった。


8月8日
検査入院のために呼吸器病棟へ。
始めに案内してくれた看護師さんから、一泊二日てあることを聞き、いろんな書類が、今の母の状態ではなく、身辺自立完全にできているように書かれていることを知り、とんでもないと訴えた。

そして、それを、その看護師さんが医師にきちんと伝えてくれた。

病棟の担当医になったA先生。この医師と出会ったことで、ようやく、私も母も弟も安心して病気に向き合うことができた。

12時からの検査だったのだが、先生の方から私と話したいと言ってくれて、11時から話をした。
最初は、掴み所のない人に見えて不安だった。
先生は、私の訴えを一通り聞いてくれてから
「ご相談です。今からの検査、やめませんか?この検査、また、とても辛い検査になります。肺の裏側までいって組織をとるのですが、それも、うまくいかないこともあります。画像から見て、肺も肝臓も、かなり深刻なガンであることは間違いないです。今のお母さまの状態では、抗ガン剤治療をするとかえって死期を早めることになりかねません。」

そうですよね。一週間まえから私は覚悟していたので、むしろ、検査直前にこういう判断をしてくれたこの医師に感謝した。
これ以上、母に辛い思いをさせないように、入院でケアしてくださるということになった。
脳に転移していないかのMRIと血液検査だけして、翌週13日に弟と私と本人に、結果と今後の方針を話してくれることになった。

このとき、きちんと上に話してくれた看護師のMさん、そして、このA先生。

正直、それ以外は、残念なことや腹の立つことばかりの病院だったが、この二人には、心から感謝している。


今日は、ここまで。