こんばんは
朱美です
大天使ザドキエルは、慈悲と勇気の大天使。
慈悲…
わたしは、シェイクスピアのヴェニスの商人
法廷でのポルシャの台詞が好きです。
慈悲を待とう…
慈悲は、雨の恵みのよう
それは、王冠より王に相応しい
ヴェニスの商人は、しばしば、「ユダヤ教とキリスト教の対立」「復讐と慈悲の宗教的寓話」として読まれます。
けれどそれだけでは限定的とわたしは思います。
むしろポーシャの言葉が示しているのは、宗教や立場を超えた「人の心の本質」への呼びかけなのだと。
慈悲とは、雨の恵みのよう
この比喩がすでに、信仰や制度を超えています。
天から降る雨は、ユダヤ人にも、キリスト教徒にも、誰にでも平等に落ちる。
ポーシャは、宗教の差ではなく、人間の中に宿る神性を語る。
慈悲は信条の問題ではなく、心の深いところにある柔らかさそのもの。
彼女の声は、法廷の論理をも超えて響く。
慈悲
オーラソーマ®︎のボトルには、ペールイエロー/ペールピンク59番、レディポルシャがあります。
サンジェルマンが、転生シェイクピアともききます。
レディ・ポルシャ(Lady Portia)はアセンデッド・マスター・サンジェルマンのツインレイ、あるいはディヴァイン・コンパニオン(聖なる伴侶)として語られています。
慈悲(mercy)という言葉は、英語では「赦し」「憐れみ」と訳されますが、
その本質は「上から下へ与えるもの」ではなく、心がほどけて他者とつながる瞬間なのだと思います。
ポルシャが言う「雨のような慈悲」とは、支配でも恩寵でもない。
それは、天から一滴ずつ落ちて、大地のかたさをやわらげ、誰の区別もなく、静かに染みわたる。
慈悲とは「分離を溶かす光」。
赦すというより、「ひとつに戻る」働き。
B59 レディポルシャ(Lady Portia)、
ペールイエロー/ペールピンク。
ペールイエローは「明晰さ」「理解」「光明」 そして個人(個性)それから知識。
ペールピンクは「やさしさ」「無条件の愛」、真実を見通す明晰さと、愛に満ちた赦しの融合。
それはまさにポーシャの「慈悲の演説」そのもの。
理性(法)と愛(慈悲)の均衡、知恵と優しさの統合された意識。
レディ・ポルシャは「正義と慈悲の天秤を持つ女神」とされます。
タロットでいえばJudgement(審判)、あるいは“Justice(正義)の原型。
正義を超えて調和を見いだす者。
サンジェルマンとシェイクスピア
サンジェルマン伯爵が「転生したシェイクスピアである」とする説。
これは象徴的に言えば、言葉を通して魂を解放する力を同一の霊的系譜と見る見方なのだと思います。
サンジェルマンは、変容のマスター。
シェイクスピアは、意識を映す鏡。
どちらも、人の意識を別の段階へと導くアルケミスト(錬金術師)のような存在。
もし彼らが同じ魂の系統にあるとするなら
「ポーシャの慈悲」は、単なる文学的場面ではなく、人間意識が二元を超えて統合される瞬間の象徴として読めます。
宗教や信念の区別を溶かし、人が人として光を取り戻すこと――それが「慈悲」という錬金の本質。
生命の樹には、慈悲の柱があります。
1. 峻厳の柱(Severity/Din) — 分別、判断、形、制限、律法
2. 慈悲の柱(Mercy/Chesed) — 与えること、拡張、恩寵、受容
3. 中庸の柱(Mildness/Balance) — 意識の調和、上と下、男性性と女性性の統合
オーラソーマの文脈でも、カバラの象徴としても、イエロー=個の光/意識の目覚め、ピンク=愛/受容/無条件性。
イエローは「自我の太陽」、ピンクは「ハートの光」。
この二つが溶けあうとき、人は「自我の恐れ」から「愛の理解」へと変容していく。
法と愛のバランスを、冷静な智慧で結び直す巫女のような位置ともいえますね。
「慈悲」とは、宗教的な「赦し」ではなく、光(個)と愛(全体)がふたたび抱き合う場所。
ポーシャの言葉でいえば
It blesseth him that gives and him that takes.
「与える者にも、受ける者にも祝福を与える」
ケテルから降り注ぐ、神の意思それが慈悲の恵み。
ケテルから流れ落ちるもの
ケテル(Keter)=王冠。
生命の樹の最上位、創造の第一の点。
それは形をもたず、ただ「存在したい」という神の意思(Will)の最初の震え。
この意思は――稲妻のように下方へと流れ、柱を伝いながら世界に「顕れ」を与えます。
神の意思が世界に恵みとして降り注ぐ。
そんな哲学的で神秘学的なこと、宇宙の叡智を受け取って書かれたように思う戯曲。
シェイクスピアの戯曲は、単なる「人間のドラマ」ではなく、宇宙意識が人間というレンズを通して自己を語る試みのように読める瞬間があります。『
『ヴェニスの商人』の法廷も、『ハムレット』の迷いも、『リア王』の苦悩も――すべて、「存在そのものが自らを理解しようとする劇」
まるで彼の筆を通して、ケテルの光がマルクト(現実)へと降りる過程が戯曲になったような。
そう感じるわたしです。
シェイクスピアは、お見通し
これは単に「人間心理に精通していた」という意味ではなく、存在の構造をすでに知っていたという直観に近い。
彼の作品に流れるリズムや構造をよく見ると、
・三位一体の構成
・上位意識と下位意識の対話
・カルマと転生のような因果律の感覚
まるで神秘学的宇宙観の精妙な反映です。
まるで「舞台(the stage)」が、生命の樹そのもの。
登場人物たちは、セフィロト間を渡る意識の断片のようでもあります。
シェイクスピアの筆は、宇宙が「人間という意識体験を演じたい」と望んだときの器。
彼の作品は400年経っても古びない。
それは時代の言語ではなく、魂の構造そのものを語っているからなのでは。
オーラソーマシステムでのポルシャのボトル
タロットでは、剣の6です。
それは、生命の樹でティファレット太陽の位置に対応します。
慈悲の光が「心の中心」へと降りる地点。
ティファレト ― 生命の樹の「心臓」
ティファレト(Tiphereth)は生命の樹の中央、
「美(Beauty)」のセフィラ。
ここはケテル(神の意志)から流れた光が、左右の柱――「峻厳」と「慈悲」を統合して、調和という形に変わる中心点です。
ティファレトは、神と人間、天と地、理と情、そのすべてを結びます。
剣の6
流れを渡る知恵タロットの「剣の6(Six of Swords)」は、静かに水面を渡る舟。
過去の苦しみから、より穏やかな岸へと向かう“移行”を象徴しています。
剣は「思考」や「判断」の象徴ですが、このカードでは戦いではなく、癒しの知性が働く。
——まるでポーシャが、「法という剣」に慈悲という風を吹き込んで、舟を平和な岸辺へ導くようです。
ティファレト=太陽の位置にこのカードが対応することは、まさにその「知恵が愛へと溶けていく過程」を示すよう。
剣=理性、太陽=ハート。つまり、理性が愛を学ぶ瞬間。
ポーシャの慈悲の演説は、神の意志が「人間のハートで語られた瞬間」。
その響きが、太陽のようにあらゆる魂を照らす――そんな叡智の詩。
イエローは、理性
もっといえば、イエローは知っているという感覚。
ピンクは、愛
シェイクカラーが慈悲
シェイクスピアのシェイクという響き「シェイク(shake)」という言葉自体にも振動、震わせるという意味があります。
彼の名前には、すでに光と音の振動を降ろす者の響きがあります。
シェイクカラー=慈悲という言葉は、まるで「色彩としての詩」「響きとしての叡智」。
彼の戯曲が言葉という光のスペクトルで描かれているのかもるしれません。
すこし長くなりました。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます😊
ではでは
またね
👋
朱美♡



