告別式の日時は、10日も前から決まっていた。

出席したいと思いながらも、私は最初から諦めていた。

海外にいるし、先月も急に帰らせて貰った。

生きているうちに、会えた。

 

 

そう決めていたのに、その前日になって私は急激に、揺らぎだした。

行きたい。最期のお別れを言いたい。

行ける、行くことはできる、後になって、あの時、行けたのに❗️との想いが残ったらどうしよう。

 

 

でも今になってそう思うなら何故、私はもっと早くに行動を起こさなかったんだ。

お金のこと、お金のことを気にした、でもそれならマイルを使うこともできた。

10日も前から決まっていた、ならばその時直ぐに「行く❗️」と決めて予約をしたら良かった、なのに、諦めたと言って動かなかった。

 

 

「私は本当にバカだね」

グチる私に、パパは即座に返した。

「行ってこい」

その間、2秒だった。

10日間、迷う気持ちを見ぬフリしてきた私に、パパはキッパリと言い切った。

「行け、すぐ予約取れ。こういう時に使う為に働いてるんだ、金はまた稼げばいい」

 

 

行かないと決めていた筈なのに、私は覚悟が足らなくて、結局、当日の朝に高い航空券を予約した。

この決断力のなさと自分のバカさ加減が情けない。その行動を後押しする感情を、大切にしたいことは何かを、それらを考えることを、軽く扱ってきたツケが大きく出た。

 

 

普段から自分に関心を持ち大切にしていないと、やりたい事はなんなのか、得たい姿はなんなのか、守りたい自分の気持ちはなんなのかに、鈍感になる。 

自分の価値観を知る能力が麻痺して、自分にとって重大であることを見逃し、チャンスを逃し、後悔をする。

そうやっていつもいつも、諦めるのか?後付けのもっともらしい言い訳にすがりついて、時間を浪費するのか?そんな人生を望んでいたのか?

 

 

本質を捉える瞬時の判断力と、そこから一直線に続く決断力が失われている限り、これからも自分の細胞を一つ一つ、丁寧に殺していくんだなと思った

 

 

 

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