こんにちは。
本日は、
【K-Pop】Global K-Popは生き延びるのか
こちらの記事を元にお話しします。
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HYBEのGlobal グループ第二弾、KATZEYEに続く
ガールグループ、Saint Satineですが・・・。
早くも、デビュー前に脱退者が出ました。
4人から3人。
LexieはSwedishだそうですが・・・
ヨーロッパにもこの韓国式トレーニング哲学が
会わないんだろうな、と思いますね。
私はこのニュースを見ても、驚きはありませんでした。
HYBEのグローバルグループは拡張を急ぎすぎています。
日本でのK-Popグループの成功例をそのまま欧米に
応用することには無理があるのだということでしょう。
KATS EYEも今、マノンが活動休止しています。
同じ会社ではありませんが、JYPのGIRLSET(旧VCHA)も
KGが脱退した時に炎上しました。(しかも、脱退した理由
も「虐待された」というようなことを申告していました)
今回、Lexieがなぜ脱退しなければならなかったかは
はっきりとはわかりませんが、いろんな意味で
合わなかったのだろうとは思います。
予測ですが。
Kシステムが韓国式のいわゆるガチガチに
管理されて人道的ではないほどの厳しいトレーニングに耐えて、
ガリガリに痩せ細った体で命を削りながら愛嬌を振り撒いて、
パフォーマンス・・・
(ちょっと大袈裟に表現していますが)
これを「美学」として受け止められる文化ではないのだと
思います。基本的に。
例えば、LE SSERAFIM サクラさんは、日本のアイドル文化
も経験されていますが、その日本のアイドル文化を
「甘かった」という表現をし、「もっと厳しいところで
トレーニングを受ける」(=K-Pop)という認識のもとで
K-Popに挑戦をされました。つまり、彼女にとって、
管理されて酷い扱いを受けたとしても、そこに何らかの
「価値」を見出せ、そこに美学があるという考えがあると
わかります。これがいい、悪いという評価は
しません。アイドル本人がどのようなマインドセット、
意識で取り組むか、どこに「美学」を感じ、それが
自分の思想と一致しているかどうかにかかってくる、という
お話しです。そういう人がK-Popトレーニングシステムに
「合う」ということ。かっちりハマる人とハマらない人が
いる、ということになります。
ハマればいいですが、ハマらないと崩壊。
こういう構造です。
韓国の文化的なアイデンティティーを出すのなら
そのトレーニングシステムを変えるべきではない
のかもしれません。(システムそのものの評価は
ここではしません)
「がんじがらめに管理されても、これをやって
苦労の先に光があり、成功がある」
(良薬口に苦し)
という思想が一般的に受け入れられている
ような文化ではトレーニングシステムが
受け入れられるのでしょうが、その思想そのものが
絶対的な「正解」とも限らない、とも言えますね。
そっちの尺度から見れば、なぜ「苦い薬を飲む必要が
あるのか?」美味しくして飲むことが何が悪いのか?
となる。この考えも正解か不正解か、ということは
単純に言えません。それが正解と思う人たちは
わざわざ苦い薬を飲むことはない。
なぜ、まずいものを飲むのか。効けばいいだけの
話。成分を同じにして美味しくすればいいじゃないか。
なので、これからまた原点に戻るのかも
しれません。
自分ではないものになろうとすると必ず
いずれ歪みが出てくると思います。
K-PopからKを除去し、Popになった。
でも、Kシステムは残り、K-Popを生産し続けた。
しかし、KシステムからKを除去するべきか。
それは、もう完全にKが消えることになります。
そこから生まれるものは一体何か。
それではまた。
