今思うとイチローは自分が中学生の頃から大リーガーでした。
これからもニューヨークでがんばってくれ!
動画はあの世界を沸かせたレーザービームです。
もうご存知の方も多いと思いますが、私の住んでいる仙台は未曾有の大震災に遭った
3月13日現在、仙台市内中心部の一部の地域には電力が復旧したが、ガスや水道は依然止まったままだ
震災直後から仙台市内のコンビニやスーパーでは食べ物を買いにくる人で長蛇の列ができている
今ではカップメン一つ手に入れるのもとても難しい状況だ
この2日間、私も食料確保の為、スーパーやコンビニなどに並んだりしたが、手に入るのはお菓子とジュースのみ
実際、私自身震災後からチョコなどのお菓子しか食べていない
実際は一人暮らしの為、元々部屋にはカップメンなどが結構余っていたんだけど、小さい子供を抱える同僚らに全部分けてしまったのだ
飲料水の入手にも一苦労だ
県内の給水所の他に、学校や公園など一部の蛇口からは水が出る為、ポリタンクやペットボトルを持った人々が朝から長い列を作っている
トイレなどで、排泄物を流す為の水を確保する為に、沼や池などから水を汲む人も見かけた
そして何より一番の行列がガソリンスタンドだ
震災直後、電気の供給が県内で完全にストップしていた為、テレビでの情報収集、携帯電話の充電や食料の調達など、車が大活躍した。
それと営業しているガソリンスタンドの殆どが緊急車両専用になっていたこともあり、一般車両が給油できる少数の限られたスタンドに車が大挙として押しかけ、10km以上に及ぶのではないかという物凄い行列ができた
それに伴う渋滞も酷いもので、仙台市内では1時間に数kmしか進まないなどザラである…
3月11日金曜日
私は会社のオフィスのある市内中心部のビル5Fにいた
いつものように仕事をしていた午後2時45分ごろ、
あの地震が起きた
最初の揺れはそうでもないのだが、徐々に強くなっていく
地面が「ズズズッ」っと慟哭が起こるような縦揺れが起き、その揺れはスグに横揺れに変わる
大きな揺れだった
社内の棚やパソコンは軒並み倒れ、オフィスは一瞬にしてメチャクチャになった。
社内にいた人間にケガ人がでなかったのが不幸中の幸いだった。
ビル内は危ないので皆で非常階段から外へ出たら、歩道に人がごった返していた。
交差点の信号はストップしており、交通整備のままならない道路を消防車や救急車、一般車が慌しく行き交っていた。
皆で外回りに出ていた従業員に安否確認の電話をかけたのだが、一向につながらない。
2時間くらい外で電話しっぱなしでようやく社内殆どの従業員の安否が確認できた。
急いで次は県外の家族に自分の安否を知らせる。
これまた全くつながらない
一時間以上粘ってようやく繋がった
嫁は泣いていた
恐怖と安堵が入り混じった声で
「よかった」
と何度も何度も口にしていた
だが、私の会社には名取や石巻に家族や親族がいる方も多くいて、
津波のニュースに不安そうに顔を曇らせていた
女性の社員で、しゃがみ込んだまま動けなくなってしまう方もいた
「大丈夫だから、大丈夫だから」と必死に声をかける自分も不安でしょうがなかった…
3月13日現在、家族全員無事だったいう事なので本当によかった
だが未だに冠水したショッピングモールや学校の屋上から、救助を待っている人々も多くいるという…
孤立している全員が無事救助される事を心から祈ってます
そして、また元のような仙台、東北に戻れる事を…!
県内に住んでいる方はもうご存知かと思いますが…
本日、3月9日午前11時45分頃、
三陸沖を震源とする地震がありました
私の住んでる仙台も言うに及ばず震度5が直撃!!
揺れはかなり強く、ジワジワとした横揺れが3分くらい続きました
余震も多く、地震後一時間位続きました
こんなに長い時間は久しぶりでしたね
2008年に起きた、岩手・宮城内陸地震以来かも知れません
全国的に有名な話なのですが、
宮城県では1978年に「宮城県沖地震」という大規模な地震がありました
その地震での被害は
・死者28名
・負傷者1万名余り
・建物の全半壊7400戸
当時、私は生まれていないのですが、
その地震を経験した、父母や祖父からの話を聞く限りかなり大きな地震だったそうです
その「宮城県沖地震」と同等以上の地震が近い将来発生すると言われています
これはオカルトでもなんでもなく、地震調査研究推進本部による予測らしいです
その起こる確率というのが
10年以内の発生率 70%
30年以内の発生率 99%
…99%って、確実に起こるべや!
圧倒的な大自然の前では人間の力は無力。
我々に出来る事は地震保険に加入する事しかないみたいです