もし時間が人間の「感覚」の一種であると考えるならば、人間がいない状況でもその時間が存在しているとき、どうしてそれを人間の感覚だと言えるのだろうか?

時間の過去や未来は、同様に私たちの「現在」という時間を参照点として定義されている。言い換えれば、現在がある限り、過去と未来も存在する。

もし地球上に最初から人間がいなかったとしたら、そもそも過去も未来も存在しないことになる。なぜなら、人間がいなければ、「人間以前」や「人間以後」という時間はどこから来るというのか。

あなたの第一歩である「人間がいない」という言葉は、すでに人間を排除している。ならば、第二歩目において、再び人間を用いて(時間を)定義することはできない。

時間の前後や現在は、地理的な位置における「東西南北」と同じようなものである。いかなる場所においても東西南北は絶対的なものではなく、私たち人間にとっての相対的なものだ。考えてみてほしい、もし私たちが存在しなければ、どこに東西南北があるだろうか? どこに上下左右があるだろうか? そして、どこに前後があるだろうか?

2. 時間は豚や牛といった動物の感覚ではないか?

私のこの時間の物理的定義について、ある人が尋ねた。「時間は豚や牛といった動物の感覚ではないか? もしそうなら、どうして『人間が空間上の位置の変化に対して抱く感覚』として正確に定義できるのか? あるいは、いっそ『豚が自身の空間上の位置の変化に対して抱く感覚』と呼ぶべきではないか。もしそうでないとしたら、その理由は何か? 単に豚の脳が人間の脳ほど賢くないからという理由だけなのか?」

実のところ、時間の定義は広義には「運動を感知できる物体が、自身の空間上の位置の変化に対して抱く一種の感覚」と理解することができる。

人間はこの感覚を「時間」という言葉で表現し、豚はおそらく「ブーブー」という鳴き声でその感覚を表現しているにすぎない。

3. 時間はいかにして一つの運動物体と結びつくのか

私たちが、ある物体が空間の中を運動していると描写するとき、最も単純には、その物体が空間内の「ある一定の時間内」に移動したことを理解する必要がある。

内容の要約とポイント

* 相対的な指標: 時間(過去・現在・未来)や方位(東西南北)は、観測者(人間)がいて初めて成立する相対的な概念であると主張しています。

* 知覚としての時間: 時間を物理的な絶対量ではなく、生命体が空間的な移動や変化を認識する際の「感覚」として定義しています。

* 種を越えた概念: 人間だけでなく、運動を感知できる生物であれば、それぞれの形で「時間(変化)」を感じ取っているという考え方を示しています。


トンネルと列車のパラドックス、および時間の定義について

(トンネルの例:)移動する列車の「高さ」は変化するのか?

仮に列車の高さが運動によって低くなると想定してみましょう。この場合、地上に立つ観測者は「列車は運動によって高さが低くなり、山にあるトンネルは動いていないため高さは変わらない」と考えます。したがって、列車は問題なくトンネルに入ることができます。

しかし、列車の中にいる観測者は「列車は静止しており高さは変わらないが、トンネルの方が動いている」と考えます。すると、トンネルの高さが(運動によって)低くなってしまい、列車はトンネルを通過できなくなるという矛盾が生じます。

しかし、「列車がトンネルに入れるかどうか」は確定した物理的事実であり、観測者の選択によって変わるべきではありません。唯一合理的な観点とは以下の通りです。

> 等速直線運動は、その運動方向に垂直な方向の空間の長さを短縮させることはできず、同様に伸長させることもできない。結果として、高さは変化しないのである。

>

(次に、)人々は次のような疑問を抱くかもしれません。「観測者の周囲には多くの空間点(座標)があるが、なぜ一つの空間点の運動だけで時間を表すことができるのか?」

これは次のように理解すべきです。時間は空間運動の一つの性質を反映したものです。私たち観測者が空間内の多くの点のうちの一つを描写することで、空間が「時間」という変化の性質を持っていることを表現できるのです。これはまた、時間が観測者から独立して存在することはできない、ということも示しています。

五、時間の物理的定義が私たちに与える困惑

以上の時間の物理的定義が正しいと仮定しても、人々には依然として以下のような疑問が残るかもしれません。

1. 人類が出現する前の時間をどのように理解すべきか

よく次のように言う人がいます。「人類が地球上で生活しているのはせいぜい100万年程度の歴史だが、地球が形成されてからは46億年が経っている。つまり、人類が現れるずっと前から時間は存在していたはずだ」と。

補足解説

この文章では、アインシュタインの特殊相対性理論において、長さの収縮は「運動方向」にのみ起こり、運動に垂直な方向(高さや幅)には起こらないという重要な原則を説明しています。後半では、時間の概念を人間(観測者)の存在と結びつけて論じる、やや哲学的な物理論が展開されています。


t'、相対論の中で固有時間は最短となります。この結果は相対性理論の結果と一致しています。

ロレンツ逆変換 t = (t' + vx' / c^2) / \sqrt{1 - v^2 / c^2} を用い、両辺を時間 t' で微分すると、次が得られます:


注意すべき点として、式中の x' は時間 t' に伴って変化しません。なぜなら、x' と t' の量はともに S' 系で観測されたものであり、S' 系において点 P は静止しているからです。

次に、ロレンツ正変換 t' = (t - vx / c^2) / \sqrt{1 - v^2 / c^2} を用い、両辺を時間 t で微分すると、次が得られます:


したがって、次が成り立ちます:


注意点として、この式における x は時間 t に伴って変化するため、\frac{dx}{dt} = v および \frac{d(vx/c^2)}{dt} = v^2/c^2 となります。これは、x と t の量がともに S 系で観測されたものであり、S 系において点 P は速度 v で運動しているためです。

この結果は上述のものと同一です。

新たな疑問:

空間上の点 P が y 軸方向に移動した距離は、S 系と S' 系で等しいのでしょうか?

これらすべては、特殊相対性理論における「列車とトンネル」の思考実験によって証明されています。

一つのトンネルがあり、その外側に列車が停車していると想定します。列車の高さとトンネルの天井の高さは等しいものとします。今、この列車を一定の速度でトンネル内へと進ませます。

解説のポイント

この文章では、**「どの系で物体(点P)が静止しているか」**によって微分の扱いが変わることを強調しています。

* S' 系から見た場合: 点 P は静止しているため、x' は定数として扱い、微分すると 0 になります。

* S 系から見た場合: 点 P は移動しているため、x は時間の関数となり、微分すると速度 v が出てきます。

この計算の結果、どちらの視点から計算しても最終的な時間の遅れの比率(ローレンツ因子 \gamma)は矛盾なく導かれることを示しています。