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紺碧の海と、瓦の群れた橙色の屋根、ドブロフ”ニク。
その取り合わせが、教科書の中の世界遺産写真と寸分違わぬことに、
私はやや落胆し、そしてほっとした。想像したとおりに在る世界は、
いちど失いかけた身体、命には、なにより優しい。

東側スルジ山プロチェ地区低から 旧市街全景展望
一年半前、点滴の管に縛られた腕を眺めながら、
私はこの城壁回廊を一周すると決めた。
プロカメラマンとしての仕事を言い訳にした、
小さな私怨のような目標だった。
病棟の白い廊下を五十歩歩くたびに胸が鳴り、肺の奥がざわついた。
レンズは軽いものに替え、三脚はやめた。体力の衰えを、機材の更新という
専門的な言葉で誤魔化しながら、私は、自分の身体という最も古い道具の
整備を、やり直していたのだ。

旧市街西側外 新市街小さな港
やっと辿り着いた外壁の上は、風の回廊であった。
右手には青い海がひらけ、左手には赤い屋根と石畳の迷路が沈んでいる。
私はカメラを構えたが、すぐにはシャッターを押さなかった。再発の確率や、
次の検査日といった数字が、ファインダーの隅で
ノイズのようにちらついていたからである。
光は高く、白い城壁の内側と外側とを、等しく焼いている。
内側には洗濯物の垂れた路地があり、外側には観光船の白い航跡が伸びる。
あのとき、私は自分が再びこの眩しさに戸惑うことはないと思っていた。
人は意外に簡単に、生き返る。そのことを証明するのが、
いまここで押すシャッター一回の重さだ。

旧市街西側 右ボカール要塞
半周を過ぎたあたりで、足が鈍く痛み出す。脛の奥に、小さな鉛を
流し込まれたような疲労。一年半分のリハビリは、けっして奇跡ではなく、
ただ、ここまで歩くための最低限の準備にすぎなかったことを思い知らされる。
手すりに掴まり、息を整えるふりをして、私はレンズを海へ向ける。
逆光の中、波頭だけが銀箔のように浮かびあがる。ファインダーの四角は、
かつて検査結果の数字ばかりを追っていた私の視野を、
いまようやく別の単位で測り始めている。

左ロブリイェナッツ要塞 港中央新市街 右ボカール要塞
さらに3分の2過ぎたあたりで、ふいに足が止まる。眼下の教会で結婚式。、
私は望遠で新婚さんを2,3枚だけ撮り、それ以上ズームしないことにした。
過剰な解像度は、ときに無神経である事もあるからだ。

聖母被昇天大聖堂前階段での新郎新婦
一周に二時間かかると聞いていた城壁を、私は三時間かけて歩いた。
最後の角を曲がったとき、街の屋根が一斉に傾き、日の傍らに擦り寄る
ような気配を見せる。晩夏の太陽は、まだ沈み方を忘れた子どものように、
名残惜しげに石を照らし続ける。その橙色の光に、私の腕に残る注射痕の
薄い線までもが、ささやかな地図として浮かび上がる。世界遺産の城壁と、
かつて病に囲まれていた身体。その二つの囲いから、
私はようやく外へ出たのだと理解する。

城壁東側展望 海洋国家 旧港、旧市街、
やがて太陽が少し傾き、海の青が深くなるころ、出発点の門が遠くに見えてくる。
外壁を一周するという、それだけの目標に一年半、を費やした自分を、
滑稽だと笑う声がどこかから聞こえる。しかし同時に、あの長い点滴の
夜々を知らない者には撮れない画角が、ファインダーの中に静かに
立ち上がっているのも確かであった。

旧市街要塞上から南東方面 右奥ロクルム島 中央時計塔 左旧港 夕方
私はしばらく城壁の上に立ち尽くした。アドリア海の風は、
検査結果も予後も知らないまま、私の汗をさらっていく。
乳白色の病室で失われた時間の隙間を、この街の光と石とが、
少しずつ埋めてくれているように思えた。

薄暮プラツァ通り 中央手前フランシスコ修道院の鐘楼、中央奥市鐘楼
下りの石段を踏みしめながら、私は心のなかでだけシャッターを押す。
白い病衣を脱ぎ捨てた背中ごしに、まだ名のついていない未来が、
かすかにこちらを振り向いた気がしたからだ。
そして、実際は翌日の朝ももう1周したし、
次回は(いつになるか約束できないが)ロープエイで上がる
展望台からの旧市街全景及び、旧市内の昼と夜を更新したいと想う。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
。
インスタフォロー宜しくお願いします↓↓↓
https://www.instagram.com/naoo_kumagai/
撮影 文 熊谷
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紺碧の海と、瓦の群れた橙色の屋根、ドブロフ”ニク。
その取り合わせが、教科書の中の世界遺産写真と寸分違わぬことに、
私はやや落胆し、そしてほっとした。想像したとおりに在る世界は、
いちど失いかけた身体、命には、なにより優しい。

東側スルジ山プロチェ地区低から 旧市街全景展望
一年半前、点滴の管に縛られた腕を眺めながら、
私はこの城壁回廊を一周すると決めた。
プロカメラマンとしての仕事を言い訳にした、
小さな私怨のような目標だった。
病棟の白い廊下を五十歩歩くたびに胸が鳴り、肺の奥がざわついた。
レンズは軽いものに替え、三脚はやめた。体力の衰えを、機材の更新という
専門的な言葉で誤魔化しながら、私は、自分の身体という最も古い道具の
整備を、やり直していたのだ。

旧市街西側外 新市街小さな港
やっと辿り着いた外壁の上は、風の回廊であった。
右手には青い海がひらけ、左手には赤い屋根と石畳の迷路が沈んでいる。
私はカメラを構えたが、すぐにはシャッターを押さなかった。再発の確率や、
次の検査日といった数字が、ファインダーの隅で
ノイズのようにちらついていたからである。
光は高く、白い城壁の内側と外側とを、等しく焼いている。
内側には洗濯物の垂れた路地があり、外側には観光船の白い航跡が伸びる。
あのとき、私は自分が再びこの眩しさに戸惑うことはないと思っていた。
人は意外に簡単に、生き返る。そのことを証明するのが、
いまここで押すシャッター一回の重さだ。

旧市街西側 右ボカール要塞
半周を過ぎたあたりで、足が鈍く痛み出す。脛の奥に、小さな鉛を
流し込まれたような疲労。一年半分のリハビリは、けっして奇跡ではなく、
ただ、ここまで歩くための最低限の準備にすぎなかったことを思い知らされる。
手すりに掴まり、息を整えるふりをして、私はレンズを海へ向ける。
逆光の中、波頭だけが銀箔のように浮かびあがる。ファインダーの四角は、
かつて検査結果の数字ばかりを追っていた私の視野を、
いまようやく別の単位で測り始めている。

左ロブリイェナッツ要塞 港中央新市街 右ボカール要塞
さらに3分の2過ぎたあたりで、ふいに足が止まる。眼下の教会で結婚式。、
私は望遠で新婚さんを2,3枚だけ撮り、それ以上ズームしないことにした。
過剰な解像度は、ときに無神経である事もあるからだ。

聖母被昇天大聖堂前階段での新郎新婦
一周に二時間かかると聞いていた城壁を、私は三時間かけて歩いた。
最後の角を曲がったとき、街の屋根が一斉に傾き、日の傍らに擦り寄る
ような気配を見せる。晩夏の太陽は、まだ沈み方を忘れた子どものように、
名残惜しげに石を照らし続ける。その橙色の光に、私の腕に残る注射痕の
薄い線までもが、ささやかな地図として浮かび上がる。世界遺産の城壁と、
かつて病に囲まれていた身体。その二つの囲いから、
私はようやく外へ出たのだと理解する。

城壁東側展望 海洋国家 旧港、旧市街、
やがて太陽が少し傾き、海の青が深くなるころ、出発点の門が遠くに見えてくる。
外壁を一周するという、それだけの目標に一年半、を費やした自分を、
滑稽だと笑う声がどこかから聞こえる。しかし同時に、あの長い点滴の
夜々を知らない者には撮れない画角が、ファインダーの中に静かに
立ち上がっているのも確かであった。

旧市街要塞上から南東方面 右奥ロクルム島 中央時計塔 左旧港 夕方
私はしばらく城壁の上に立ち尽くした。アドリア海の風は、
検査結果も予後も知らないまま、私の汗をさらっていく。
乳白色の病室で失われた時間の隙間を、この街の光と石とが、
少しずつ埋めてくれているように思えた。

薄暮プラツァ通り 中央手前フランシスコ修道院の鐘楼、中央奥市鐘楼
下りの石段を踏みしめながら、私は心のなかでだけシャッターを押す。
白い病衣を脱ぎ捨てた背中ごしに、まだ名のついていない未来が、
かすかにこちらを振り向いた気がしたからだ。
そして、実際は翌日の朝ももう1周したし、
次回は(いつになるか約束できないが)ロープエイで上がる
展望台からの旧市街全景及び、旧市内の昼と夜を更新したいと想う。
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撮影 文 熊谷
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