今日は子供の日。赤いお転婆ちゃんの風景。 | ザスタのクマさん

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こどもの日に飾り付けやイベントごとした?

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こどもの日ですね!
一年のうちでこの季節になると、少し若返った気がします。

英国スコットランドの首都エディンバラ、東西に広がる街の東北側にある
カールトン・ヒルから、眺めた旧市街の絶景の夕暮れです。

エディンバラの夕焼けは、だいたい街の疲れをひとまとめにしてから、
まとめて焚き上げるらしい。カールトン・ヒルの上に立つと、その焚火の
煙に包まれたようなオレンジの空が、旧市街の屋根と尖塔を、
少し焦がし気味に照らしている。

風は冷たいのに、光だけはやけに熱い。その不釣り合いが、この町の人たちの
横顔を、どれも少しばかり物思い顔にしてしまう。観光客も地元の人も、
ここでは皆、等しく黄昏の観客であり、黄昏の一部でもある。

丘の上から街へ降りていく階段の入口は、ちょうど映画のエンドロールが始まる
時の扉のようだ。上りは期待、下りは回想、という役割分担が決まっているらしく、
ここを過ぎる人たちはたいてい、少しだけ真面目な顔で靴紐を確かめたりしている。

その入口付近を降りて行く、金髪美女の後ろ姿に誘われて、目で追えば、
手すりに、赤い影がぶら下がっているのに気づいたのは、その時である。








金髪美女とその横の大柄な男性は、この赤いお転婆の両親らしい。

少し褪せた赤のワンピースに、擦りむいた膝。両親らしき二人が、
少し離れたところでスマートフォンを覗きこみながら、熱心に夕景の構図を
相談している。娘の年の頃は、ちょうど日本の小学校低学年位だろうか。
鉄の手すりから両手でぶら下がり、両脚もかけて左右に
振り子のように、に大きく揺れている。

両親も、ちらと一度だけ眺めたきり、娘の acrobatics を、観光地のオブジェか
何かのように扱っている。子どもは親をあてにせず、親は子どもを信じ過ぎている
という、現代的な均衡がそこに成立していた。

この子が今すべり落ちたら、私は目撃者になる。日本の祝日に、
スコットランドの丘で、見知らぬ子どもの転落を見届けるというのは、
あまり縁起のよい経験とはいえない。そう考えると、
私の足は勝手に階段を降りはじめていた。





背中で、母親らしき女の声が、ようやく娘の名を呼ぶのが聞こえた。
名を呼ぶ声の調子には、叱責よりも、写真の構図から現実へ引き戻されたことへの
軽い不満が混じっている。子どもは、最後にひと揺れ大きく揺れてから、
猫のように軽く地面に降りた。拍子抜けするほど危なげのない着地である。

石段を数段おりて、また私は振り返った。ちょうどそのとき、少女が両親から
逃れるように、また手すりに手をかけるところだった。両親の英語は、
風にちぎれて私にはうまく聞き取れない。けれど、子どもの笑い声だけは、
やけにくっきりと耳に残った。

エディンバラのこの町には、子供の日も鯉のぼりもない。その代りに、
あの赤いお転婆が、夕焼けのたびにどこかの手摺にぶら下がって、
大人たちの不安を揺すぶっているのかもしれない。

そう考えると、自分もまた、その揺れの一部として、
この異国の階段を下りて来たような気がして来たのである。

ただ一つだけ、ささやかな願いを付け足すなら、「どうかあの赤いお転婆が、
自分の力でぶら下がる楽しさを、あまり早く忘れてしまいませんように」。
それは、かつてどこかの手摺にぶら下がったことのある、

すべての大人の、共通の祈りでもあるのだろう。


最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ

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撮影  文 熊谷

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