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今日は国際こどもの本の日。
四月二日の夕方になると、決まって部屋の空気が少しばかり古びて見える。
国際こどもの本の日などという、いささか出来すぎた名の記念日を、
世間がどれほど真面目に祝っているのか、私にはよく分からない。
ただ、その日がアンデルセンの誕生日であり、
世界中で子どもの本のことを思い出してみましょうと呼びかける日なのだ。
📖 春の夜と本
その晩は、春だというのに少し冷え込んでいた。窓硝子の向こうで、
まだ若い桜の枝が、風に揺れるたび、街灯の淡い光をこぼしていた。
部屋の中には、スタンドの電球が一つ、黄いろい光を落としているきりである。
その小さな光円の中に、私とまだ眠れない息子とが、息を潜めて向き合っていた。
テーブルの端には、買ったばかりのアンデルセンの絵本が一冊、
静かに横たわっていた。表紙の上では、色褪せることを知らぬ人魚や、
氷の女王や、マッチを擦る少女が、いかにも無邪気そうに笑っている。
しかし、その笑みの背後に、寒さや、孤独や、涙の匂いが隠れていることを、
私は大人として、もう知っていた。

ニューヨーク、セントラルパークにある童話作家アンデルセンの像。
🌙 息子の眼差し
息子は、まだ文字を読まない。読まない代わりに、絵を読む。
頁を繰るたび、彼の視線は、挿絵の端から端へ、忙しく駆け回る。
その黒い瞳は、ふとした瞬間、わたしの知らない色を映し出す。
恐れとも、驚きとも、ただの好奇心ともつかない、混ざり合った感情の影が、
瞳の奥をかすめてゆく。
「この子は、いま初めて、人魚の悲しみを見ているのかもしれない」と、
わたしはふと思う。その悲しみは、まだ言葉にならない。
ただ、喉の奥に、塩辛い海水のような違和感となって、
彼の小さな胸に溜まっていくのだろう。彼はただ頁をじっと見つめている。

🔔 読む声と沈黙
わたしは、活字を追いながら、声だけを本に預けていく。アンデルセンの文は、
翻訳されてなお、どこか古めかしい装いを保っている。
ときどき、言葉が息子には重すぎると感じる箇所がある。
貧しさ、病い、別れ、そういった言葉が、ひとつずつ、
冬の石畳のように並んでいる。わたしは、それを飛び越えずに、
しかし踏みしめすぎないように、できるだけ軽く読む。
息子がそれを完全には理解しないまま、どこかの棚にそっとしまっておけるように。
読み終えたとき、部屋の空気は、少しだけ沈黙を含んでいた。
物語が終わったことを、息子はまだ認めたくないらしい。
絵本を閉じるわたしの手元を、名残惜しそうに見つめている。
わたしは、その視線の重さを、掌の背で受け止める。
🌱 幸せという余韻
その瞬間、わたしの胸の内には、奇妙な幸福感が満ちてくる。
決して明るいばかりではない物語を、息子と分け合ってしまったという、
かすかな罪悪感に似たものさえ、その幸福の一部になっている。
この子がいつか、自分の力でアンデルセンを読み返す日が来るだろう。
そのとき彼は、今夜のわたしの声を、どこまで思い出すだろうか。
人魚の泡立つ海の匂いの中に、風変わりな父親の読んだ声が、
微かに混じっていると気づくだろうか・・・・・
🔚 時を包む静けさ
息子がようやく眠りに落ちたあと、わたしはもう一度、絵本の表紙を撫でてみる。
さっきまで、ここに小さな手が重なっていた。その温もりは、もう消えている。
けれど、布地の奥には、読み終えた物語の余韻と、まだ語られていない
物語の気配が、ひっそりと共存している。
やがて彼が大きくなり、別の本を、別の声で読み継いでいくとき、
今夜の静けさの一片が、ふと胸の奥で鳴るかもしれない。
そのささやかな予感だけで、わたしには、充分すぎるほどの幸福だった。
最後までご覧頂きありがとう。
今日が良い日となり、
明日がさらに素晴らしい日となりますように
。
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https://www.instagram.com/naoo_kumagai/
撮影 文 熊谷
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こどもの頃、夢中になった本は?
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今日は国際こどもの本の日。
四月二日の夕方になると、決まって部屋の空気が少しばかり古びて見える。
国際こどもの本の日などという、いささか出来すぎた名の記念日を、
世間がどれほど真面目に祝っているのか、私にはよく分からない。
ただ、その日がアンデルセンの誕生日であり、
世界中で子どもの本のことを思い出してみましょうと呼びかける日なのだ。
📖 春の夜と本
その晩は、春だというのに少し冷え込んでいた。窓硝子の向こうで、
まだ若い桜の枝が、風に揺れるたび、街灯の淡い光をこぼしていた。
部屋の中には、スタンドの電球が一つ、黄いろい光を落としているきりである。
その小さな光円の中に、私とまだ眠れない息子とが、息を潜めて向き合っていた。
テーブルの端には、買ったばかりのアンデルセンの絵本が一冊、
静かに横たわっていた。表紙の上では、色褪せることを知らぬ人魚や、
氷の女王や、マッチを擦る少女が、いかにも無邪気そうに笑っている。
しかし、その笑みの背後に、寒さや、孤独や、涙の匂いが隠れていることを、
私は大人として、もう知っていた。

ニューヨーク、セントラルパークにある童話作家アンデルセンの像。
🌙 息子の眼差し
息子は、まだ文字を読まない。読まない代わりに、絵を読む。
頁を繰るたび、彼の視線は、挿絵の端から端へ、忙しく駆け回る。
その黒い瞳は、ふとした瞬間、わたしの知らない色を映し出す。
恐れとも、驚きとも、ただの好奇心ともつかない、混ざり合った感情の影が、
瞳の奥をかすめてゆく。
「この子は、いま初めて、人魚の悲しみを見ているのかもしれない」と、
わたしはふと思う。その悲しみは、まだ言葉にならない。
ただ、喉の奥に、塩辛い海水のような違和感となって、
彼の小さな胸に溜まっていくのだろう。彼はただ頁をじっと見つめている。

🔔 読む声と沈黙
わたしは、活字を追いながら、声だけを本に預けていく。アンデルセンの文は、
翻訳されてなお、どこか古めかしい装いを保っている。
ときどき、言葉が息子には重すぎると感じる箇所がある。
貧しさ、病い、別れ、そういった言葉が、ひとつずつ、
冬の石畳のように並んでいる。わたしは、それを飛び越えずに、
しかし踏みしめすぎないように、できるだけ軽く読む。
息子がそれを完全には理解しないまま、どこかの棚にそっとしまっておけるように。
読み終えたとき、部屋の空気は、少しだけ沈黙を含んでいた。
物語が終わったことを、息子はまだ認めたくないらしい。
絵本を閉じるわたしの手元を、名残惜しそうに見つめている。
わたしは、その視線の重さを、掌の背で受け止める。
🌱 幸せという余韻
その瞬間、わたしの胸の内には、奇妙な幸福感が満ちてくる。
決して明るいばかりではない物語を、息子と分け合ってしまったという、
かすかな罪悪感に似たものさえ、その幸福の一部になっている。
この子がいつか、自分の力でアンデルセンを読み返す日が来るだろう。
そのとき彼は、今夜のわたしの声を、どこまで思い出すだろうか。
人魚の泡立つ海の匂いの中に、風変わりな父親の読んだ声が、
微かに混じっていると気づくだろうか・・・・・
🔚 時を包む静けさ
息子がようやく眠りに落ちたあと、わたしはもう一度、絵本の表紙を撫でてみる。
さっきまで、ここに小さな手が重なっていた。その温もりは、もう消えている。
けれど、布地の奥には、読み終えた物語の余韻と、まだ語られていない
物語の気配が、ひっそりと共存している。
やがて彼が大きくなり、別の本を、別の声で読み継いでいくとき、
今夜の静けさの一片が、ふと胸の奥で鳴るかもしれない。
そのささやかな予感だけで、わたしには、充分すぎるほどの幸福だった。
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今日が良い日となり、
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撮影 文 熊谷
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