今日はボスの日。月の裏に立つ人 | ザスタのクマさん

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今日はボスの日。

ボスの日(ぼすのひ、上司の日とも)とはアメリカ合衆国で10月16日前後に
行われている行事で、上司が1年を通して行ってきた行動が親切で適正なものであった
ことを感謝する日である。この日には、上司に手紙や贈り物をする風習がある。
この日は賛否両論が多く、一部は絶対的な権力を持つ上司には必ず従わないといけない。
という社員及び従業員らに不当なプレッシャーを与えているとして反対の声も少なくない

月の裏に立つ人

今日はボスの日である。
されど私には、世にいう上司というものを、
手放しに敬意を示す覚えがほとんどない。

肩書はしばしば人を遠ざけ、命令は往々にして
言葉の衣をまとった寒気にすぎぬ。

けれども、ただ一人、私の胸の奥に、
秋の燈火のように消えずに残っている人がある。

弊社アドスペースの、若くして世を去った
最初の社長である。あの人は社長である前に
親友であり、親友である前に、
どこか荒野をゆく旅人のような、
孤独と情熱を一身にまとった人であった。








もう一人は、昔勤めていたCMスタジオの社長である。
4年ほど前、死の少し前に、わざわざ私に会いに来てくれた。
人が死を間近にするとき、ふつうは身辺を狭くたたみ、
思い出を抽斗の奥へしまいこむものかも知れぬ。

けれども彼は、消えかけた蝋燭が最後に
ひときわ明るく燃えるように、こちらを訪ねてくれた。

そして、自分の会社へ会いに来てくれと言った。
その声は、別れを隠した日常の声で、
私はそれを日常として聞いた。

手が空いた時に電話をした。すると彼は、
もうこの世の受話器を取らぬ人になっていた。








その時の空白は、今もなお、
胸のどこかに古井戸のように残っている。
覗けば暗く、声を落としても返事はない。

ただ、自分がもう少し早く手を伸ばしていたなら、
という思いだけが、水面のようにかすかに揺れる。
人の生は、机の上の湯気ほどにも淡い。

さっきまで見えていたものが、次の瞬間にはもう形を失う。
それでもなお、尊敬というものは不思議で、
死によって消えるどころか、かえって骨の髄へ
しみこむ墨のように、時日を経るほど濃くなる。

思えば、敬意とは生者に向けるものというより、
失ってなお胸中で育つ一種の花であろう。

会えなくなってからいよいよ深く、
その人の背中の大きさがわかる。

言葉の端に宿っていた思慮、
沈黙の底にひそんでいた慈しみ、

そして人を励ますときの、
あの何気ない声のやわらかさ。

みな、今となっては秋の川に
浮かぶ木の葉のように、

遠ざかりながら、かえって鮮やかである。






私は心の底から、その人たちを尊敬している。
いや、尊敬しているという言葉さえ、
少し乾きすぎているかも知れぬ。

もっと湿った、夕暮の色を帯びた感情である。
喪失は秋の川で、思い出はその川面を流れる薄紅の
葉である。掬おうとすれば指の間から逃げるくせに、
見送れば見送るほど、美しくなる。

ボスの日に私が頭を垂れるのは、
命令した人々の前ではない。

すでにいないのに、
なお私の生をひそかに整えている、
二つの静かな魂の前なのである。


最後までご覧頂きありがとう。

今日が良い日となり、

明日がさらに素晴らしい日となりますように晴れ。

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熊谷