『クロス探偵物語』を今更ながら振り返る。 | アドベンチャーゲーム研究処

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【『クロス探偵物語』を今更ながら振り返る】

『クロス探偵物語』の魅力とは何だったのか。

未完の名作として未だに続編を希望する声も多い『クロス探偵物語』。

本作の事を、タイトルだけで本格的な「推理もの」と勘違いしている方も居るかも知れないが
この『クロス探偵物語』、実はポインタークリックとコマンド総当たりによる“捜査”が中心で、
ゲーム性としては『神宮寺三郎』や『ポリスノーツ』、『ファミコン探偵倶楽部』などの
オーソドックスなコマンド総当たりADVを踏襲したものでゲームとして新しい部分は別段ないし、
考えて推理する様な要素も殆ど無い。あっても、何回かミスをすればヒントをくれたりする。
犯人もプレイ途中で解るし、奇想天外なトリックを用いている訳でもないので、
「ミステリートもの」として凄い面白い訳でもないと思う。
そもそも“推理ゲーム”としては、主人公が個性が立ちすぎていて感情移入しにくい。

では、この『クロス探偵物語』の何処が優れているか、と言うと
一も二にも主人公を筆頭としたキャラクターの魅力だろう。
脇を固めるキャラクターの設定は、老練なベテラン探偵の上司だったり
無意味に若い勝ち気な女性助手だったり、高名な推理作家の孫娘だったりと、
もうこれでもかって言うほどのステレオタイプなんだけども、
とにかく聞く見るなどコマンド入力時のキャラクターのレスポンスが“巧み”で、
反応一つ一つが楽しく、それでいてたまに意外なコメントをするため“単調”ではない。
グラフィックも丁重な上にマメ(服装が毎日替わっていたりする)な為、
その世界観に入り込みやすく、ロード時間を限りなくゼロにするマッハシーク技術も手伝って
全体的にテンポが軽快。とにかく“プレイするのが楽しい”作品だったのだ。

この点は主人公である黒須剣のキャラクター性の貢献度が高く、
普段は飄々としていながら、シリアスな問題や事件時はビシッと解決へ導く。
と言う、言葉で表現すれば偉く陳腐な“探偵キャラクター”を、
自分で操作させることで、愛嬌たっぷりな人物にまで昇華している。
“昇華”なんて言葉で言うのは簡単なのだが、
この「バカらしさ」と「シリアスさ」の2つを同じ世界に押し込めるのは凄く難しくて、
ひとつ間違えれば、明らかにムジュンしたキャラクターになってしまう訳で、
それに気づかれたらプレイヤーが白けてしまう為、かなり繊細なバランス感覚が必要とされる。

アドベンチャーゲーム研究処-Cross Detective Story
廉価版でのタイトル名は『クロス探偵物語「1」』前編・後編。上のPVが収録されているのもこの廉価版で、少なくともこれを発売した当時は(2000年9月後半)『2』を発売する気があったことが伺える。

数々のADVもこのキャラクター像にチャレンジしているのだが、失敗している作品が多く、
現状でこのバランス感覚をキチンとしているキャラクターは、本当に少ない。
実現できたとしても、維持するのが難しく7話構成の長いストーリーで、
最後までこの黒須剣というキャラクターをぶれさせなかった事は、奇跡に近いだろう。
出来の悪いADVの場合は「無駄な会話」が単なる雑音になり易いのだが、
逆に『クロス探偵物語』の場合は「無駄な会話」がむしろ心地よくなっている。
この現象はこの「バランス感覚」がひとつの要因だろうし、続編が長く望まれる由縁だとも思う。
つまり物語としてではなくADVとしての楽しさを突き詰めたシナリオとゲームデザイン。
そこが『クロス探偵物語』という作品の最も優れた点と言って良いだろう。

また、当時(というか今も)の探偵モノというと殺人事件や麻薬密売など
極悪事件を、非現実的な捜査で解決する。という流れのストーリーが多く、
この『クロス探偵物語』の様に、殺人事件もあればストーカー調査もありな
変化球ありストレートありな「探偵もの」が殆ど存在せず、
それも『クロス探偵物語』をひときわ際だたせる魅力の一つとなっている。

つまり、ストレス無くゲームがプレイでき、キャラクターがの見せ方が魅力的で、
話としてもオムニバス型式を採用することで、バリエーションが豊か。
そんなADVとして求められる点を網羅した、スタンダードかつ王道ながら高い完成度を誇る作品。
これが、『クロス探偵物語』の最大の魅力だったと私は思っているし、
この主張に異を唱える方はそれほど居ないだろう。


『探偵物語』の部分の元ネタは、恐らく赤川次郎原作でドタバタラブコメ路線の映画だった『探偵物語』と思われる…のだが、ノリやキャラクターの関係性はむしろ『シティーハンター』に近い気がする。ところで『探偵物語』と聞いて、松田優作の“工藤ちゃん”を先に思い出しちゃった貴方。そう貴方です。……貴方とは仲良く成れそうな気がする。

『クロス探偵物語2』の経緯を今更ながら振り返る。

死んだ子の歳を数えるようで忍びないが、ここいらで『クロス探偵物語2』の話をば。

この『クロス探偵物語』の続編話は、実は過去2回アナウンスされている。
一回目は、あまりにも有名な廉価版に追加されたあの予告PVで
『1』(7話)の続きから始まる11話構想や、各話のあらすじ説明、
終いには「早解きコンテスト」なんてものも予告されている。
ただし、いきなり粗くなった作画を筆頭に明らかに「見切り発車なPV」で、
全体的に何とも言えない同人臭さが漂っている。
その後は…案の定、気づいたら『2』の話は無かったことになってしまっていた。

その次に『2』の情報が出てくるのは、廉価版発売から2年後の
2002年に開催されたワークジャム『PS2新作発表会』での新作発表の際。
この時には『探偵 神宮寺三郎InnocentBlack』が発表されただけだったのだが、
ワークジャムの今後の方針にも言及していて、当時の記事のコメントを引用すると、

「これから同社は『探偵 神宮寺三郎』シリーズ、『クロス探偵物語』シリーズを2本の柱に、ゲーム制作に注力していく」

と、明確に「神宮寺三郎」と「クロス探偵物語」のシリーズ構想を打ち出していたりする。

確かこの頃に公式のQ&Aに「続編は鋭意制作中」という一文が掲載されたと記憶している。
恐らく、普通のADVファンの方もウキウキして待っていたのではないだろうか。
私も一「クロス」ファンとしては、この頃が一番バラ色だったような気がする。

その後のことは…今更解説するまでもないかも知れないが、まあ解説。

上述のワークジャム新作発表会で発表された
『クロス探偵物語』の生みの親である神長豊が脚本の『探偵神宮寺三郎InnocentBlack』、
これまた神長豊の出世作『ゼロヨンチャンプ』の続編『ドリフトチャンプ』が発売され、
なんというか、見事に両方とも転けてしまった。
この頃から『クロス探偵物語2(仮)』の空模様がかなり変わってしまった様で、
廉価版時よろしく、気づいたら音沙汰が無くなってしまう。

『クロス探偵物語』の脚本家にしてワークジャム副社長だった神長豊氏も
この時期からメディアへの露出が極端に少なくなり、「退社した」「責任とらされた」など
憶測に憶測を呼ぶことになったのだが、肝心の『クロス探偵物語2』が一体どうなったのか?
という詳細は出てこなかった。(なにせ正式発表されてないのだから当たり前なのかも知れないが)

そこから数年は、
PS2で神宮寺2作目にして実質『InnocentBlack』の補完にもなった『KIND OF BLUE』発売後、
ワークジャムもケータイアプリに開発を中心になり、据え置き機はほぼ絶望という状態になり、
クロスファンどころか神宮寺ファンも“我慢”な冬の時代になる。
神宮寺三郎に関してはDSで家庭用に見事復帰を果たし、
アプリでは「teresia」などのオリジナル新作も発売されワークジャムも活発になった…のだが、
不自然とも言えるほどワークジャムのインタビューなりなんなりで
「クロス探偵物語」という作品に触れられなくなっていった。

ファンにとって最後の希望だった公式Q&Aコーナーの「続編は鋭意制作中」という一文も
昨年の2月にコンテンツページの終了として公式HPごと閉鎖され、
何の説明もなく、結局『クロス探偵物語2』の話自体が実質なかったことになってしまった。
HPが消された作品は『クロス探偵物語』と『ドリフトチャンプ』の2作品で
どちらも神長豊が深く関わっていた作品だったため、権利の関係だったのだかもしれないが
なにせメーカーが何のコメントもしていないので、全てが憶測の域を出れない。


恐らく世間に公表された唯一の『クロス探偵物語2』詳細。動画を観る限り、続編ではメインイラストレーターだった玉置一平が起用される予定はなかったようだ。実際、玉置氏のHPでは参加を否定している。このPVは、絵から察するにワークジャムの社員の方(絵柄から見ると最近では初期アプリや『いにしえの記憶』の一枚絵を担当してた方)が絵を描いたかと思われる。何というか、全体的にβ版なやっつけ仕事臭が…。

本作の制作は、神長豊のワンマン的な性格が色濃いらしく、
『InnocentBlack』発売時のインタビューから引用すると、

『神宮寺』はシナリオさえあれば西山さんが仕切ってくれて、ノウハウのあるスタッフが頑張ってくれるので。でも、『クロス』は何でもかんでもボクがやっているので、時間がかかる。『神宮寺』は『クロス』の3分の1くらいで済みますから。

だそうで、ワークジャムとしては手間がかなりかかる作品だった様だ。
ただ、この『クロス探偵物語』の販売本数は

SS『クロス探偵物語~もつれた7つのラビリンス~』
初週 1.33万本


と(初動時点では)芳しい成績は残せていない。
まあ累計はデータがなかったので何とも言えないのだが、
ゲームの売り上げは「初週×2=累計」という式になる傾向が高いので
評判の良さで多少伸びたとしても2.5倍程度、つまり2.66~3.33万本の間と予測される。
現在では最も一般的なPS版の方は、通常・廉価版ともに初週販売が圏外なので
全く持って数字が不明なのだが、まあ当時の販売傾向を考えれば
SS版より少し下程度の販売数だったと思われる。

まあ好不調どっちにしようと、あれだけ作り込んだADVでこの販売本数では、
1/3の時間で安定して約2~3万本は売上げが望める「神宮寺三郎」に見劣りしてしまうのは明かで、
横やりが入るのは当然と思われ、「2」開発時はかなり危ない橋を渡っていたんじゃないだろうか。
実際、見事に危ない橋は砕け散って橋を渡っていた人物はどこかへ行ってしまった訳だし。

とはいえ、確実に出ないかというと、上のコンテンツページの終了がちょっと不自然。
この2作は商品寿命がつきたので消した…というには、ワークジャムの履歴で、
『クロス探偵物語』と『ドリフトチャンプ』の間に『InnocentBlack』が入っていたりと
不自然な事になっている上、ワークジャムも「問い合わせしても答えない」と言うコメントをしているので
権利関係の問題、という可能性もある(まあ、なかった事にしたいだけと言う可能性もあるけど)
神長氏が権利を持ったまま、他の企業で「クロス探偵物語」を作ろうとした。
という可能性も0%と言うわけではないんじゃないだろうか。うん0.01%ぐらいある気がする。
まあ元々「神長豊」という作家は、テレビ脚本業界畑の人間な訳なので、
はたしてそれだけの事をする甲斐性があるのかは、正直疑問だが。
ということで、希望はまだあるぞ、という締めをさせてもらいたい(願望込み)。


奇才クリエイター(だったっけか)神長豊の手がける2本のゲームが00年代序盤に発売されたわけだけども、一方はファンから強烈な反発を受け、一方は興行的に失敗し、見事に両者が転けてしまった。この件が『クロス探偵物語2』の開発を頓挫させたのかは定かではないが、発表の経緯と神長氏のその後を考えれば無関係と言うのも難しいだろう。ついでに、『InnocentBlack』は神宮寺の脚本家を捕まえようとしたそうなのだが、その脚本家は当時仕事を抱えていたため「NO」と言われ、替わりに神長氏が脚本を書くこととなったらしい。この時、もしもこの脚本家が仕事を抱えていなかったら、今のワークジャムの主力タイトルも“2本柱”になっていたのかもしれない。

まとめ。

個人的にこの『クロス探偵物語』で一番思い出に残っているのが、
ピチカートファイブ(01年解散)の手がけるオープニングソングの『大都会交響曲』。
この楽曲は『クロス探偵物語』の為に書き下ろされた曲で、
野宮真貴の透き通った爽やかな歌声が、『クロス探偵物語』の世界観を華やかに彩っている。
と同時に、どうも曲調は90年代後半な楽曲である。という感は拭えず、
良くも悪くも『クロス探偵物語』という作品にとっては時代性という部分も
重要なポイントの一つだったという証明でもあるとも言えるのではないだろうか。

この手の時間が経過してしまった未完作品には良く言うのだが、
続編希望という期待感は、「ミロのヴィーナス」の腕を再現しようとするようなもので
続編が出たとしても、時代が変わり姿の変わったそれは望んだものではないと思う。
仮に今『クロス探偵物語2』という作品が出てきたとしても、それがファンの喜ぶ物かは疑問だ。
だがしかし、逆に今だからこそ表現できる『クロス探偵物語』な世界観があってもいい気もする。
時は流れ時代は変われど、丁重だからこそ光る世界観とゲームデザインは色あせない。
それは昨年、10年という歳月を跨いで登場した『街』の実質的続編『428』で証明している。
勿論『MOTHER3』の様に、ファンから賛否の分かれることもあるが、
今だからこそあえて『クロス探偵物語』という世界に再挑戦する価値はあるはずだ。

まあ肝心の続編話自体が全く音沙汰がないので出るか出ないかの話もできないのは残念だが、
1%もない、と言い切ってしまうのは何年も待ち続けているユーザーとしては忍びなさすぎる。
何年も出ず諦めた『街』の実質続編やら、
何度もプロジェクトが頓挫しながら最後までやりとげた『MOTHER3』、
変化球ではある物の、倒産という大きな障害を乗り越え新作が出た
『御神楽少女探偵団』という例だって有る。
ユーザーの思いは岩をも通すことも、この業界では少数ながら存在するのだ。
『クロス探偵物語』だって100%無理。ということは無い…と思いたい。
どこか任天堂なりセガなりのビッグな所がバックについて続編を作り始めないものか。


90年代ポップスの申し子「ピチカート・ファイブ」の手がけた主題歌『大都会交響曲』はかなり出来が良く、OPソングという事もあって、この『クロス探偵物語』の世界観を構築するひとつの要素とも言えるほどの強いインパクトをプレイヤーに与えている。ついでに、キャラクタープロフィールも出ているが、これは発売時(98年)の年齢なので今続編が出れば全員20後半~30代になる計算。出ればの話だが。

【コメント】
1週間ぐらい練った記事…なんだけど、最終的に駆け込み気味。
次は「『ファミコン探偵倶楽部』を振り返る」でもやるか。やりません。
BS配信まで遡らなきゃ成らないし、微妙に『クロス探偵物語』より不遇だからな、あの作品は。