6月に隣県で自衛官時代の同期会が開かれることになった…


迷いに迷ったが、

平日の夕方からの開催だった事もあり、泣く泣く今回は出席を見合わせた。


3、4年毎に開かれている同期会は、自衛隊の総監部がある方面隊毎に開かれ、


初回は東部方面隊主催で市ヶ谷、

2回目が東北方面隊(仙台)、

3回目が中部方面隊(宝塚)、

4回目が西部方面隊(熊本)、

5回目が北部方面隊(北海道)、


一周回って今回は東部方面隊で開催する事になった。


幹事は持ち回りだが、

みんな任せて安心の元WACだから、チームワークは抜群で何をするにもまとまりやすい…


WACという名称は女性自衛官を指す。


すでに死語になっているとchatGPTが言っていたが、

先日、現役隊員に訊くと今でもWACで通用しているらしい…


chatGPTにまたもやウソをつかれた。

(~_~;)


WACはまだ通用するとしても、自衛官制度自体はどんどん変わっている。


自衛官募集年齢も32歳まで引き上げられた。


昨日、久々にYouTubeで昨年の《音楽まつり》を見たが、

何が変わったかと言えば、以前にも増して女性プレイヤーが増えているという点だ。


管楽器、打楽器、鍵盤、その全てに多くの女性隊員が配属されている…


声楽の採用枠も増えて、陸海空で8名、海自の男性ボーカリストは元オペラ歌手だ。


今回の音楽まつりでは陸自中央音楽隊の男声クインテットが目立っていた。


彼らは本来楽器のプレイヤーだと思うが、

ノリノリで歌っていたのを見て羨ましくなった。


私の時代とはもう何もかもが違うのだ。


私の時代はキャンディーズメドレーを歌うのに

身振り手振りは禁止、

自衛官らしく直立不動で歌うことを命じられた。


月の半分をリクライニング無しのバスで巡回し、

管内の施設慰問で高齢者や子供たちの前で演奏する…


喜んでもらえる事が何より嬉しかった。


誰かの役に立つ仕事をしたいと言うのは昔も今も変わらない。


その経験が、今の私自身の仕事の原点である。



先日、以前から個人的に講演依頼を頂いている陸自地本の担当者からの紹介で新しい仕事が入った。


辞めてから何十年も経つが、元WACとしての経歴で仕事をさせて貰うことに感謝している。


その担当者から勧められて

新しい個人の名刺を作ったのだが…

なんと!


自分の連絡先電話番号を間違えていた。😓


確認作業が不十分だったのだ!



老眼のせいか?

いや、ただの確認不足、単純な入力ミスである。


自分で間違えて入力して業者に送付していた事に気づいたのは、名刺が送られてきてからだ。




結局コレはボツになってしまった…

もったいない!


気を取り直して、再度作り直して送ってもらったが、

業務ミス削減の研修を担当する講師が、これでは情けない。

(~_~;)


とりあえず来週末の県外出張には、間に合った。


まずは現状維持を今年の目標にしていた自分にとって、この時期での新規の仕事依頼は想定外だった。


こうなったら、愛犬にも早く元気になってもらって、以前のように全国出張したい…


そんな欲まで出てくるが…

そうそう仕事は、そんなにうまく行くものではない。


まずは、新規のクライアントとの御縁を大切にしたいと思っているところだ。



そのクライアントから経歴書の送付を依頼され、


所属部隊を『陸上自衛隊◯◯方面音楽隊』と記入しながら少し躊躇したのは、


私が入隊した当時は、女性自衛官の音楽隊員は正式に認められていなかったからだ。


自衛官試験を受ける前に、声楽とピアノ演奏の試験は受けたが、

それはあくまで演奏もできる女性自衛官枠としての採用だった。


その事実を知ったのは、

翌年に陸自中央音楽隊で初めて正式に演奏要員としての女性自衛官が所属したと聞いた時だった。


今だから言えるのは、


朝霞の婦人自衛官教育隊で訓練を受けていた頃のこと、


駐屯地春祭りの準備中に中央音楽隊長のT三佐から呼ばれ、


「中音に来る気はないか」と問われ、


「ありがたいお話ですが…」と断った事が悔やまれる。


あの時、断っていなければ、

私が《歌姫第1号》になっていたかもしれない…?


いや歌姫はムリでも第一号ボーカリスト?にはなっていたかな?


そろそろ、この事実は解禁しても良いのかな…


かれこれ半世紀近く前

「歌姫に、なり損なったWACがいた」


その事を知る人は、もう何人もいないだろう…


もう、遠い遠い昔のはなし、

なのだから…