私が20代後半の頃だったから、
もう大昔の話だ…

大阪シンフォニーホールで映画音楽のコンサートの司会をすることになった。

司会といってもメイン司会者のアシスタント…いわゆる今で言うサブ司会者だ。

メインは関西芸人界の大御所で名前を聞いただけでビビってしまいそうな人だった。

超多忙で楽屋入りはギリギリになると聞いていたので、
どうなることかとヒヤヒヤしながら待った。


1人で司会をやる場合は、主催者や音響、照明だけの打合せで済むが、

ペアで司会をする場合は、コメントの割り振りを打合せする必要がある。

で、問題は台本だが…
そんなモノはなかった。

マネージャーから、

「映画音楽の曲の紹介はアンタ得意やろ?おまかせするわ」

と言われていたのだ。

コンサート司会にやり甲斐を感じていた当時の私は、
全ての曲の解説資料を作って、本番の流れをシミュレーションしていた。

大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏の合間に、
メイン司会者と曲について紹介をしたりフリートークをする…

そんなシーンを想像しながら資料を作ったのだった。


本番の30分前に予想どおり、メイン司会者が入ってきた。

思い描いていた強烈なイメージと違って、余計なことは一切いわない無口な人…

それが、第一印象だった。

挨拶もそこそこにすぐに本番に臨んだ。

(メイン司会者は完全にアドリブなんだな)

と思っていた私だったが、

本番が始まってから、すぐに自分の予想が大きく外れていたことに気づいた。

メイン司会者は、
私が用意した資料をスッと自分の方へ引き寄せ、
あたかも自分が調べてきたかのように、つらつらと澱みなく紹介したのだ…

私は、結局、曲の題名を紹介しただけだった…。

あの時は、正直、面食らった…。

私は下調べをやっただけで、
サブ司会というほどの仕事はさせてもらえなかった…

つまり本当にアシスタントだったに過ぎない。

複雑な気持ちで仕事を終えた。

だが、
調べてきた曲の資料がメイン司会者に役立ててもらえたのは何よりではないか…

と自分に言い聞かせた。


関西時代は芸能人と一緒に仕事する度に、
自分の立ち位置に戸惑った。

私のような人間は、
あの生き馬の目を抜くような世界ではやって行けない。

もう遠い昔の話だ…

上岡龍太郎さん、
その節はお世話になりました。

そしてお疲れさまでした。