海風が吹いてくる割に日中は暑い我が故郷。

一昨日の午後はHalが涼をとるために車でドライブしながら父方の菩提寺を訪ねた。

できれば仏壇に御線香の1本でも…とは思うが、
コロナ禍でもあるので高齢の親戚には積極的に連絡はしない、

…とは言え、狭い田舎のこと、
どこかで偶然出会うこともあるかもしれない。

その時は、お土産も買ってこなかったし、
犬連れだと伝えて短時間で挨拶だけ済ませて帰ってこよう…

このご時世だ、
少しくらい不義理でも許されるだろう…
などと思いつつ父方の菩提寺訪ねた。

車で待つ夫とHalを残して、
寺の敷地内にある炎天下の霊園を、フーフー言いながら汗を拭き拭き、記憶を頼りに進んで行くと、

見覚えのある御影石の墓石を見つけた。

ふと正面を見ると、
まだ新しい小さな木標がたて掛けてある…

(誰のだろう?)

と思いつつ右にある墓標を見ると、
そこには新しい戒名が刻まれていた。

(まさか…)

と思ったが、
書かれていたのは、間違いなく従兄の名前だった…

去年の1月に亡くなったと書かれている。

確か伯父が亡くなった後、伯母の面倒を1人でみていたはずだが…
これは一体どういうことなのか…

同じ高齢の他の親戚たちからは何の連絡もない。

ショックだった。

知らせて貰えなかったのは、遠方に住む私への気遣いだろうか?

以前のブログにも書いたように、
従兄のKは繊細で優しい人だった。


3年前に伯母に電話した時は、

「Kが車で買い物に連れて行ってくれるので助かる」
と嬉しそうに話していたっけ。

そのKが、いつの間にか亡くなっていた…


100歳近い伯母が74の次男を独りで送ったのだろうか…?

何だか切ない。

いや、彼には2つ違いの兄がいたはずだ…
北九州市で暮らしているはずだが、今どうしているのだろうか。

Kとは小さい頃よく遊んだ。
無口だったが、優しい人だった。

本当は伯母に直接会って不義理を詫びたい。
詫びたいが、話しを聞くのは辛い。

(Kちゃん、なんで?まだ早いよ)

墓の前でへたり込んで墓標を撫でながら声をかけた。

Kにとって、現世はきっと生きづらかっただろう。
どうか来世では、幸せでいて欲しい…

冥福を祈った。

Kのことを誰かに訊いてみようか。
墓参りを済ませてからも、ずっと考えていた。


昨日、郷里のキャンプ場を出発する直前、

近くに住む父方の伯母の家を通りかかると勝手口が開いていた。

彼女も、90代後半、まもなく100歳になるはずだ。
名前を呼ぶと元気そうな顔を見せてくれた。

彼女にとって甥にあたるKの事を訊くと、
「私もお葬式には行ってないよ、連絡なかったからね」

と言う。

「Y子さんは、どうしとる?」

と、Kの母親の事を尋ねられたが私が知る由もない。

目と鼻の先で暮らしていても、
高齢になると、物理的距離は心理的距離に比例しなくなると言うことだ。

人付き合いが面倒になるのだ。

神奈川に住む叔父に電話して訊いてみようか…

それとも、
訊かないほうがいいのだろうか。

どうしよう…

久々に残暑見舞いの手紙を書いてみようかな。