日航機事故のことを知らない世代が増えているという…。

考えてみれば、我が家の息子達だって、
33年も前のことを知るはずがない。


あの日は結婚式を2ヶ月後に控え、
1人で衣装合わせに来ていた。

夕方、
TVのニュース速報で123便が行方不明になったとスーパーで流れ、

そのあとは、長野県側の山中に墜落したのではないかなど情報が錯綜して、

事故現場を特定するまでに、ずいぶんと時間がかかった。


翌朝、
夫の実家の上空を何機もの自衛隊のヘリコプターが飛ぶ音で目が覚め、

その時初めて、落ちたのが長野県ではなく群馬県の、御巣鷹山という場所だと知った。


その後も

日航機事故関連のニュースは、毎日にように取り上げられ、

結婚当時に住んでいた町の近くの斎場では、
事故の犠牲になった身元不明の御遺体の火葬が行われた。

1985年は、忘れられない年になった。


数年前、夫と御巣鷹山に登ったとき、

慰霊碑の近くに置かれた520名の犠牲者の方々の写真は色あせていて、

年月の流れを感じさせた。

生まれたばかりの赤ん坊の写真もあった。

きっと搭乗した直後の機内は賑やかで、笑顔に溢れていただろうと想像した。



先週金曜日の防災ヘリコプターの墜落事故の速報が入ってきたとき、

咄嗟に浮かんだのが、33年前の日航機事故の日のことだった。


亡くなった9名の方々も、
搭乗した直後は、きっと笑顔だったに違いない、

お盆休みは、どうするのか等の和やな会話もされていただろうと…


事故の瞬間は、どんな様子だったのか…
助かる方法はなかったのか…


お盆休みを楽しみにしていたであろう、ご家族の心中を思うと…

本当に、辛くてやるせない。