箱の中から出てきた一枚の紙

 昨日、箱を整理していたところ、昨年8月のある会でいただいたA4の資料が、一枚出てきました。大事だと思って取っておいたはずなのに、いつの間にか他の紙に紛れてしまっていたものです。手に取った瞬間、あの時のことを思い出しました。

 

 その会では、哲学書や宗教書、菜根譚のような人生訓、あるいは大谷翔平選手も読んでいると言われている中村天風のような思想書など、短い文章を選んで、5〜10名ほどで静かに読む時間を持っています。その月は「キルケゴール」だったようです。

 

 キルケゴールと聞くと、私はどうしても『死に至る病』を思い出します。

 あの本を読んでいた頃、私は自分でもどうしようもないほどの絶望の淵をさまよっていました。理解できたとは言えません。むしろ、ほとんど理解できなかったと言った方が正直なところです。

 それでも、「どんな人でも絶望に落ちる」と知った時、自分一人ではないのだと感じ、ほんの少しだけ光が差したように感じました。その安心感からか、最後まで読み切ることはありませんでしたが(笑)、あの時の私には、それで十分だったのかもしれません。

 

キルケゴールの言葉

 資料には、次のような言葉が並んでいました。

『死に至る病』(1849年)

• 「絶望とは、自己自身であろうとすることをやめることだ。」

• 「最も深い絶望とは、自分が絶望していることを知らないことである。」

• 「希望は絶望を通してのみ本当に学ぶことができる。」

『死に至る病』は「絶望」を人間存在の根源的問題として捉え、信仰を持たないことが真の「死に至る病」であると論じています。

 

『恐れとおののき』(1843年)

• 「信仰とは、矛盾のただ中に飛び込む跳躍である。」

• 「人間は自由のめまいに直面するとき、恐れとおののきを知る。」

• 「信仰は理性を廃するのではなく、理性を越えるのである。」

アブラハムの「イサク奉献」の物語を題材に、「信仰のパラドックス」と「信仰の跳躍」が論じられています。

 

『反復』(1843年)

• 「人間は選択によって自己となる。」

『反復』は「生きること」と「選択」の意味を追求した著作で、主体的な選択が人間を形成するという思想は、後の実存主義に強い影響を与えました。

 

『愛の業』(1847年)

• 「愛とは、愛されることを欲するのではなく、ただ愛することだ。」

「キリスト教的愛」をテーマに、人間的欲望を超える無条件の愛について論じられています。

 

『日記』より

• 「人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない。」

 

ドラッカーに与えた影響

 キルケゴールの思想は、20世紀の経営学者ピーター・ドラッカーにも深い影響を与えました。ドラッカーは若き日にキルケゴールの著作を読み、その思想を生涯の指針としたと語っています。 

 

晩年に至るまでドラッカーは、

「私の師はすでに亡きキルケゴールである」

「私は哲学者キルケゴールから最も大きな影響を受けた」と繰り返し述べています。

ドラッカーの

「最大の成果をあげるためには、強みに集中せよ」

「成果をあげる者は、自らをマネジメントする」という思想の根底には、

キルケゴールの

「人間は選択によって自己となる」という実存的洞察があります。

 

 また、キルケゴールが「自由は人間にめまいをもたらす」と語ったように、ドラッカーも「自由は不安を伴うが、その中で責任を選び取ることが人間の成長を導く」と説き、その思想を現代的な言葉で訳しました。

 

 日本では、宗教的なことにどうしても距離を置きがちです。

翻訳でも、その部分が意図的に削られたり、曖昧にされたりしているように感じることがあります。けれども、海外の文化圏では宗教や信仰は生活と切り離せないもの。その背景を抜いてしまうと、言葉が本来もっている意味や、その人の本来の姿から遠ざかってしまうこともあるように思います。日本にも「お天道様」という言葉や、八百万の神々への畏れが受け継がれてきました。

 美術館で絵画の解説を読んだときや、オラトリオの字幕を見たときに、大切な部分が別の言葉に置き換えられていることがあり、残念に感じたことがありました。

宗教的な表現が含まれていたとしても、それをどう受け取るかは読み手の感性に委ねられているはずで……。その方が自然だと私は感じています。

 

キルケゴールという人

 キルケゴール(Søren Aabye Kierkegaard, 1813–1855)1813年、デンマークのコペンハーゲンに生まれた哲学者・神学者です。敬虔で内向的な父ミカエルの影響を強く受け、宗教的感受性に富んだ環境で育ちました。1830年にコペンハーゲン大学に入学し、神学を学びつつ哲学と文学にも関心を広げました。若くして経験した婚約者レギーネ・オルセンとの破談は、彼の内面的苦悩を深め、その後の思想と著作に深く刻まれることになりました。

 1840年代には、『恐れとおののき』『反復』『愛の業』『死に至る病』といった代表作を次々と発表し、人間の実存を中心に据えた独自の思想を展開しました。

『恐れとおののき』では「理性を超えて神のパラドックスに飛び込む信仰の跳躍」を論じ、『死に至る病』では絶望を「自己と神との関係の断絶」と定義し、信仰を持たないことこそが人間の根源的な病であると説きました。

 また『反復』では「人間は選択によって自己となる」と語り、主体的決断の重要性を強調しました。

 キルケゴールの思想は「絶望」「信仰」「選択」といったテーマを軸に展開され、近代神学では「近代の教父」と呼ばれ、カール・バルトやルドルフ・ブルトマンに影響を与えました。哲学では「実存主義の祖」とされ、ハイデガーやサルトルの実存哲学に先駆的役割を果たました。また文学的才能にも優れ、詩的かつ風刺的な文体により「北欧のソクラテス」と称されました。

 

 1855年、キルケゴールは42歳の若さで世を去ります。しかしその思想は、哲学・神学のみならず、経営学や組織論を含む広範な分野に息づいているようです。彼の問いは、ドラッカーの言葉を借りれば「人間はいかにして意味ある存在として生きるか」という問題そのものであり、今日に至るまで人々に深い思索を促し続けているように思います。

 

 箱の中から出てきたキルケゴールの言葉、一枚の紙は、忘れていたはずの問いを、思い出させてくれました。

      「あなたは今、どのように生きようとしているのか」と。