タイタニック生誕の地ベルファスト
ベルファストは造船の町として有名
まずは2012年に完成したタイタニック・ミュージアムへ
タイタニック・ミュージアムの外壁
周りには水路が作ってあり水に映った感じが氷山みたいに見えた
ミュージアム内は船の甲板などをイメージしたデザインになっている
タイタニックを造ったのはハーランド・アンド・ウルフ造船所
丸窓内はミュージアムショップ
模型で造船中のドッグのイメージが分かる
ミュージアムをあとに向かうは
実際にタイタニックが造船されたドック
現在は造船はされていないが観光客向けに開放されている
1911年 世界で最も大きいドライドックだったと書かれていますね
偶然にもアイルランドに出発前
NHKのBSプレミアムのドキュメンタリー番組「アナザーストーリーズ」で
運命の分岐点 「タイタニック号沈没 生死を分けた救出劇」をしていました
三人の方のお話です
①タイタニックを生み出した若き天才設計士
不沈船ではあるタイタニックだったが救命ボートを積むことをタイタニックの注文主に進言
しかし不沈船を謳っていることから希望する半分の数しかボートを積めず
処女航海にあたっては彼も、もちろん注文主もタイタニックに乗船していた
そしてあの事故…
救命ボートが足りない事を知っている彼は責任を感じ
ひとりでも多くの人を救おうと最後まで懸命に務め船と一緒に沈んでゆく
いっぽう注文主はいの一番に救命ボートに乗っていたそうである
これはミュージアムで知った話
②沈没する最後の時まで演奏しつづけた楽団員
結婚資金を作るためにタイタニックに楽団員として乗船していた
そして、映画やドラマでおなじみのシーンとなる最後まで演奏をつづけ
船と共に沈んでゆく
③勇気ある航海士
タイタニックの1等船室は最高級のマホガニーの家具や調度品で彩られた
あたかもホテルのスイートルーム
2等船室もデラックスホテル並みの部屋
3等船室は貧しいアイルランドからアメリカへの移民の部屋で質素な作り
これらすべての部屋はミュージアムで再現してあり見る事ができます
3等の部屋からは他の部屋への行き来ができないように
通常は通路のドアに鍵がかかっていた
そのためタイタニックでの犠牲者は3等船室に乗船した人々が多かった
娘達と3等に乗っていたある女性
彼女達と知り合いになっていた航海士が鍵を開錠した事で助かった
航海士、彼もまたひとりでも多くの人を救おうと奔走し船と一緒に海の藻屑に…
月日はながれ、無事アメリカに移民した助けられた女性と娘達の子孫が
ベルファストに暮らす航海士の子孫を訊ねていく
そんなストーリーを聞いていたので
感慨深くミュージアムを見る事となりました
タイタニックでの例え話を知っていますか?
国民性を表した例え話です
救命ボートには子供と女性を優先で乗せるため
各国の男性たちを説得する言葉として
イギリス人には「あなた達はジェントルマンでしょ!」
アメリカ人には「あなた達はヒーローでしょ!」
ドイツ人には「これは規則ですから!」
日本人には「皆がそうするから!」
言い得て妙だと思いませんか?
そしてアイリッシュ系アメリカ人で最も有名な方って誰だと思います?
ご存知ですか?
お話が長くなるのでその事は旅の後半に
珍しくも四日連続の更新となりましたが
次回からゆっくり更新へと戻ります
次回はベルファストのシティーホール
拙い文章が長くなりました
最後まで辛抱強く読んでくださった方々
ありがとうございましたm(__)m