座して死すより討ってでよ | なんぎょう(南行)のつれづれブログ

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高杉晋作(東行)、西行法師にならい、暖かい南を選んで、南行という号を自分で付けました。日々のこと、大好きな畑仕事、歴史、旅行、寺社巡りなどの記事をつれづれに書いていきます。

座して死すより討ってでよ。

この言葉、むかしから私の頭の中にある。
だが、出典はわからない。
誰が言ったのかなと思ってネットで検索しても
ヒットしない。

ジリ貧の状態になった時に
そのままでは道は開けない。
思い切って討って出て活路をさがせ、
という意味でとらえている。

どうせ死ぬなら籠城などをせず
死ぬ覚悟で討って出よ、
やぶれかぶれ、やけくそ気味な意味も含んでいる。
だが、私自身はこういう意味では使わない。

耐えに耐えも美しいかもしれないが
一発逆転を狙ってという積極的な意味でも
あるいは、これまではないが
どうせだめなら戦の中で死を選ぶという破滅的な意味でも
討って出る方を選びたい。

ただし、同様の言葉が太平洋戦争に使われるが
「大東亜戦争」の意味を否定はしないものの
もっとしたたかにやるべきであって
国家として破滅につながる選択は間違いだと思うことを付言しておく。
山本五十六さんの考えが正しいと思っている。

私が好きなこの言葉は個人のレベルでのことである。

なぜこんなことを書いているかというと
時々マンネリ化にジリ貧を感じ
討って出ようと思うからで
今、またその時だからだ。

周りから見れば順調に回っているけれど
本人の中ではジリ貧に活路を求めている。
まあ永遠のテーマかもしれない。