火事から3日が過ぎた。


あの後鎮火したのは二時間後だった。

結局6階建てビルの六階まで火は登り、四階までは全焼していた。


私達が三階から飛び降りた直後、三階裏側からも火の手が見えた。間一髪だった。


死者33名。
重傷者22名

この数字のうちほとんどが四階カラオケ店にいた客で、ボックス内で火災に気付かず店員は職務放棄し、客を置いて避難したため、大多数の客が逃げ遅れたそうだ。

アミューズメントビルを襲った火災は大惨事となった。

放火犯は焼身自殺を図り、死亡した。

動機は不明のままこの事件は幕を閉じた。









全治三週間と言われた私の怪我は、この3日でもうほとんど癒えていた。


私は美音が死んだ日から体を鍛えていたが、

そう、あの時から感じていたのだが、


「体の声」が何となくわかる。


ここの筋肉をもっと鍛えて。そしたらこっちの筋肉の負担が軽減するよ。

今度はここの筋肉を鍛えて。そしたらこっちの筋肉と連動して、もっと精密な動作を行えるよ。


ここにもこんな器官があるんだよ。もっと活用して。



といった具合に。

今回怪我のリハビリをしている時も、

冷やして


あっためて


こっちの方向に
動かしたら絶対ダメだよ

ここは血行がよくなるから積極的に動かして。

今は体を治すことにエネルギーを集中させたいから、食事は軽めにして胃腸に負担をかけないで。


といった具合に体が早く治る方法を何となく教えてくれた。


その声に沿うように療養した。
効果はてきめんだった。


私は思った。声を聞くことと、集中してよく観察し、よく耳を傾けることは同義なのだと。




変化をとらえそれを影とし、それをもとに実体をイメージすること。

それが聞くと言うことだ。

微妙な変化をとらえるため、感覚を研ぎ澄まし、直感に体を委ねる


そうすると、直感したものがイメージとして浮かび上がってくる。


それを汲み取る作業が聞くことであり見ることだ。


汲み取れなければただのノイズだ。
ただの風景だ。


この3日間、私は療養に専念するため例の捜索は休んでいた。


美依子とは、あれから連絡してない


どうやらバイトも無断欠勤しているようだ。

私は気になってはいたが、今は体を治すことが先決だと思い、この3日間、こちらからの接触は考えてなかった。


もし仮に誰か犠牲になっても、…まあ、そんな理由では今は動けなかった。


先生は私にとって大切な人。だから怪我を厭わず懸命に助け出した。

でも、私にとって別に大切ではない人間が危険にさらされて、体を張るほど私はいい奴ではない。人助けは別に趣味ではないのだ。


アミューズメントビルでの死傷者の数を聞いてもピンとこない。そんなものだ。



美依子が犯罪に手を染めることに何も思わないわけじゃない。思わないわけじゃないが…まあ、これは言い訳だ。自分を正当化しようとしてる。とにかく早く怪我を治して黒幕の男を探し出したい。私の思いはそれだけだ。





この3日間、私はずっと考えていたことがある。


催眠術?暗示?とにかく人を操るあの男のこと。その目的。


もし私が人を操る能力を手にしたら何が出来るだろう。何がしたいだろう。


もちろん、色々悪さ出来るだろう。
例えばそこらの人間に催眠術をかけ、金を渡すように暗示かけたり、

かわいいコ見つけたら催眠術かけてホテルに連れて行くことも可能だろう。

例えば営業の仕事をすれば客に暗示をかけて契約取り放題。重役に暗示をかけて自分を贔屓させることも可能。

何でも出来る。

ただ、そんな人生楽しいかどうかは別だが。



だけど究極的に最大限この能力を使って悪事を働くとしたら、






世界征服、可能だろう。
下手したら世界滅ぼせる。

例えば総理大臣を操ってアメリカにケンカを売らせたり、与党野党全部操って、日本での麻薬、銃の携帯を合法にしたり、

核を落とさせたり。


本当にめちゃくちゃすることが出来る。

黒幕の男がそこまで考えているとは限らないが、恐ろしい能力だと思った。


しかも奴はあの強い美音ちゃんを殺した。相当の手練れだろう。

もし対峙しただけで無条件に暗示にかけられるなら、私は今のところ奴を見つけても不意打ちぐらいしか倒すすべが見当たらない。




私はまだまだ力を付けなければならない。





続く




あーっ!





先生が落下しながら叫んでる。

煙や火の勢いを考えると、先生が自ら飛び降りる心の準備を待つ時間はもはやないと判断し、強制的に落とした。


と同時に私も落下していた。



私は先生を落としたと同時に階段の手すりを蹴って飛びおり、先生を後ろから抱えて落下している。



非常階段の隣には、隣接したビルの貯水槽がある。


その貯水槽、プラスチックにガラス繊維を編み込んだ材質で出来ていて、容器の中は空洞がある。
なのでアスファルトよりははるかに弾力性があるのだ。
以前貯水槽の清掃のバイトをした経験がこんなところで活かされるとは。

さらにこの貯水槽はビルの一階位の高さがあり、三階から地上に落ちるより三階から貯水槽の天井に落ちた方が位置エネルギーも小さくてすむ。



とは言え、無事に済む高さではない。私は覚悟を決めていた。



ドカン!

~!
私は貯水槽に足から叩きつけられた。



先生は私をクッションにしてはじけ飛んだ。


私は激突の衝撃を逃がすように
足首、膝、股関節…下半身のばねを使ったが、やはり相当のダメージを負った。

両足が動かない。


先生…先生大丈夫?



ゆうさん、むちゃくちゃし過ぎですよ。あー痛かった。



どうやら無事だったみたいだ。



私はガッツポーズを取った



こんなにうまくいくとは
リスクは高かったが、うまくいった。


今日の私の直感力と洞察力と判断力…それに身を委ねる自信は常人の域を逸脱していた。

ビルの裏側という死角の発見といい、特に今の貯水槽へのダイブ。以前の私なら、確実に躊躇していたに違いない。
躊躇していたらびびって体が硬くなり、衝撃を逃がせず先生共々重傷を負っていただろう。



そしてダイハード並みに体を張ったアクションをこなせる身体能力。


これが文字通り火事場の馬鹿力って奴か。


私は美音ちゃんの死から変わった。
能力を得た為に変わった訳ではない。
もし以前の私のままなら、能力に振り回されていただろう。

血が熱く濃くなった。
明らかに脳を流れる血が熱く濃く、力強くなった。

今まで何事にも諦め癖がついていて、全力で困難を解決することを諦めていた。


いつも困難から逃げていた。


今の私は困難に直面しても動揺せずに全力を注いで小さな穴から突破口を見出すようになった。


怒りと言う激情が、血液の質を変えたのだ。


必ず。絶対。有利不利は関係ない。

私の苦手な言葉だった。いつも保険をかけた生き方をしてきた。







美依子!どうだ!

先生生きてるぞ!


そうだ、
私は美依子の元に戻ろうと思った。
が、足が全く動かない…


美依子…



先生が救急車を呼んでくれた。
私は病院に運ばれた…








私は病院を1日で退院した。

足の怪我は骨には異常なく、両膝の靱帯を軽く伸ばしただけらしい。全治三週間と言われた。

骨折ぐらい覚悟していたが、たいした怪我にならずに済んで良かった。

病院で治療が済んだ後、先生が見舞いに来てくれた。



ゆうさん、今日は本当にありがとうございました。ゆうさんは命の恩人です。怪我させてすいませんでした。

ほんとだよ!全く!めちゃくちゃ痛いよ!
でも先生が無事で良かった。
体張った甲斐があったよ。





先生、命の恩人の俺の言うこと一つ聞いてくれる?


はい。もちろんなんでも聞きます!



しばらく美依子には近寄るな。
 


なんでですか?

理由は聞かないで。頼む。近寄らないで。


わかりました。俺にはよくわからないけどなんか事情があるってことですね。



うん。



ピルルルル


あっ紗季からだ。どうやら携帯繋がるようになったみたいだ。

紗季は私がビルに到着した頃には近くまで来ていたのだが、人混みから私たちを探すことが出来ず、ずっと連絡を待っていたそうだ。

そしたら、美依子と
遭遇した。


紗季の目から見ても美依子は普段と違う異様な感じがしたようだ。


悠希とゆうさんは?と聞いても、何か要領を得ないことをゴニョゴニョ言ってたらしい。


ぶつぶつと一人ごとを言いながら人混みの中へ消えていったそうだ。


今でも美依子とは連絡は取れないみたいだ。

美依子…


美依子を一人にしたのは本意ではなかったが、あの場面、先生の命を救うほうが大切だったし、この足では美依子の元へ戻るのも無理だった。


しばらく美依子が何も起こさないように願うほかない。

しかしそれはあまりにも甘い願いだったことを後々思い知らされる。

何かを失えば何かを得る。そして
何かを得れば何かを失うのだ。


続く。








ほんとに行っちゃうの?
ゆうさん!死んじゃうよ?

美依子が叫んだ。




私は振り向かずに人混みを進んでいった。




…じゃあ最後のゆうさんの後ろ姿、写メっとくよっと。





後ろで、美依子のレスが聞こえた。


そうか、
どうやら酔いが覚めたようだ。





美依子…私はまだ死ねない。

黒幕の男に鉄槌を下すまで絶対。


でも先生を見捨てることなんて出来ないよ。




あんないいやつ、死なせてたまるか。まだ死んでないなら救ってみせる。

直感だが、先生はまだ生きてる気がするんだ。





とは言え、どうしたものか。
私の能力、火災に立ち向かえるものではない。炎の声が聞ければいいんだが、そんな都合よくは行かない。


!声…だと。


私の頭に閃光が走った。


私は手繰り寄せるように思考を進めていった。







私は辺りを見渡した


!よし。


行ってみる価値はある。
いや、それにかけるしか方法はない。


私は猛スピードで人混みをかき分けて方向転換していった。







私は炎の声は聞こえない。でも、炎の顔色をうかがうことは出来る。

私はこのアミューズメントビルの燃え方を見て、最初から何か違和感があった。



物が燃えると言う現象は、物が急激に酸素と化学反応を起こし続ける状態のことを言う。

つまりたゆまなく送り続けられる
酸素が必要なのだ。


逆に言えば、本来燃えにくいものも、酸素を過剰に送ることで燃焼しやすくなる。

このアミューズメントビル、T字路の接合点に面していて、

風は今、T字の下から上へけっこう強く吹いてる

つまり何が言いたいかと言うと、ビルの裏側はどうなってるのか、正面と同じくらい燃えてるのか?

否、正面は強い風によって酸素が過剰に供給され三階まで派手に燃え盛ってるが、裏側はそこまで燃え広がってはいないと推測出来る。

派手に燃え盛ってると言うことは、必要以上に酸素が多く供給されてるってことなんだ。

ゲーセンがそんなに燃える?

これは明らかに燃え過ぎ。それが違和感の正体だった。

むしろ正面側のビルの塗装が派手に燃えてるだけで、今燃えてるのは可燃物を撒かれた一階と二、三階の表面部分だけかもしれない。



はあ、はあ、
人混みをかき分け、T字路の裏側に来た。




やっぱりだ。

裏側に回ると、まだビルの一、二階から煙がうっすら出ているだけだった。

正面側の炎が上昇気流を作ってるんだ。ビルの裏側の空気は正面側に吸い込まれ風上にあたり、煙の量は想像以上に少なかった。


きっとまだ間に合う!!

私は非常階段の裏側に到着した。裏側から
鉄柱と雨樋に足をかけ無理矢理よじのぼり、三階までたどり着いた。


助けてー!


先生!

先生のレスが聞こえた!

先生、やっぱり生きてた!
やった!先生!
生きてて良かった!絶対助けてやる!

私は非常階段の表側に入り込んで、三階の扉を開けようとした。


扉が熱い…階段に靴が引っ付く。靴の裏が溶け出している…非常階段はビルの側面に面しているので、正面側の炎の影響をかなり受けている。
これはもう、非常階段は降りる時には使えそうにない。


私は扉を開け中に入った。中は煙で充満していた。

煙を吸わないよう、かがみながら前へ進むと、先生のレスが大きくなった。

先生!近くにいるんでしょ?先生!


ゆうさん、来てくれたんですか!助けて!



先生を見つけた!

先生見つけたよ!


私は先生のもとへかけよった。先生はうずくまってる。

先生、どこか怪我したの?

足の小指が痛いです。さっき逃げてたら机の柱に小指ぶつけて、…すごい痛かったです。

小指を角にぶつけただと…
このやろう!心配かけやがって…


私はこの非常事態でも先生は先生らしかったことを思い、笑った。

そして涙が出てきた。

嬉し涙が。

先生、逃げるよ!
動ける?つか動いて!煙吸ったらダメだよ!吸ったらぶっ殺すよ?

先生がうずくまってた近くにドリンクバーがあった。

先生!これかぶって!

私はオレンジジュースのはいったドリンクサーバーを引き抜き、先生に頭からかぶせた。


ひゃああ!冷たい!
何するんですかゆうさん!
びしょびしょじゃないですかあもう!


体濡れてた方が火傷しにくいからかけたんだよ。

なるほど、ゆうさん、頭いいですね!

でしょ?もう一本いっとく?

いや、もう大丈夫です。やめて下さいよもう!


私もアイスコーヒーをかぶり、

…いや、頭良くないよ。生き残るのに必死なだけだよ。


こんなところで死んでられないんだよ俺は!先生も!


行くよ!


はい!
そうだ。美依子は?無事ですか?

先生が私に聞いた。

無事だよ。もう外に出てる。先生聞いたよ。動揺してる客を助けてたって。やっぱり先生偉いよ。こんな状況で周りの人達のこと考えてやれるなんて誰にでも出来ることじゃないよ。

でもそれで自分は転んで逃げ遅れるとか、(笑)もう!

私はオレンジ臭い先生の頭をワシャワシャした。

先生、オレンジジュース臭いよ!


ええ~!だってゆうさんがかけたんじゃないですか。全く!でも美依子が無事でなによりです。

美依子が先生を見捨てたこと…私は先生には何も言わなかった。


私は先生を連れて非常口に出た。

熱!

やはり階段はフライパンのように熱く熱されており、恐らく火の手のもっとも強い二階部分は相当高温になっているはず。とても下までおりられる状態ではなかった。


体は濡らしてあるから何とかなるかも知れないが、この熱気、一、二階部で呼吸してしまったら気管、肺は間違いなくやられるだろう。



どうする…私一人なら雨樋を伝って裏側に降りられるが、先生は難しいだろう。

どうするどうする…どんどん熱くなって来た。

先生、熱いの嫌っしょ?


はい、熱いのいやです。


だよね、熱いよりは高いとこから飛びおりた方がマシだよね。


えっ

私は先生を階段から突き落とした


あーっ!

続く