相手を好きにさせる
好きにさせてからつけこむ。
利用する。自分を弱みにする
周到に、
なんてことだ。浩子が死んでしまった。
しかも間違って殺されたのだ。進に。
進…奴は取り返しのつかないことをしてしまった。
私も、何が何やらわからない罪悪感というか、後味の悪さを患っている。
店の営業は中止となり、警察が来て現場調査している。
その場にいた従業員は全員事情聴取を受けた。
進は精一杯、知らぬ存ぜぬで対応していた。
浩子の悲痛な叫びが頭から離れない…
なんで彼女が巻き込まれなければならないんだ。
進…なんて愚かな奴だ。
進は聴取が終わると、放心状態のまま帰っていった。
私は進の後をつけることにした。
進は完全に呆けていた。
帰り道、何度も躓いたり人にぶつかりそうになったり、立ち止まったりした。
普通だったら徒歩10分の道のりを
さまよい歩く進は、すでに30分かけていた。
私は店を出てから進に見つからないようそして、レスの聞こえるギリギリの距離を保っていたが、200メートル程の区間、障害物のない真っ直ぐな道にさしかかった。
どうしたものか。200メートルは完全に射程外だ。レスポンスの射程距離は、この大通りの喧騒を考えると、10メートルくらいだ。
かといってレスの聞こえる距離を保つには、進が振り返ったら一発で見つかってしまうリスクがある。
…進はずっと放心状態で、さっきからずっとレスは聞こえない。
一旦射程外に距離を置くか。
私は200メートル間、進を追わないことにした。
進はしばらくその場に立ち止まったりして、なかなかその200メートル間を渡り切ろうとしない。
私は、少しイライラしていた。
進め!進!
私は、心の中で強く念じた。
念が通じたのか進はヨタヨタしながらも200メートル間を渡り切った。
よーしよくやった進!やれば出来るこだよ!
帰れ!早く家に帰れ!
すでに職場を出てから一時間が経過していた。
私は、進に追いつこうと急いで走った。
あっ
進が携帯を取り出した
誰かと話している。
くそっ!距離を取ったことが裏目に出たか!
進は200メートル間、一度も後ろを振り返ることもなかった。結果論かも知れないが、もっと信じれば良かった。進の目の節穴さを。
私が追いつく前に
進は携帯をポケットにしまっていた。
間に合わなかった!
誰からだったんだ?
美依子か?
私は射程圏に追いつくと、
進に意識を飛ばした。
えっ恵?
恵は職場のコだ。
どうやら恵から電話があり、今から落ち会うことになったようだ。
なんで恵?つか恵と番号交換してたんだ進の奴…
ちなみに進もなんで彼女から呼び出されたのかよくわからないみたいだ。
私は、このまま進と恵が落ち合うところまで尾行し続けようと思った。
ブブブ…
!私の携帯だ。
美依子からだ!
まさかあっちからかけてくるとは
もしもし。まさかお前からかけてくるとは思わなかったよ。
ゆうさん、生きててなにより。なんか大変だったってね。今日出勤だった真緒のフェイスブック見たんだ。浩子さん、亡くなったらしいね。
浩子さん、
どんな表情で逝っちゃったのかな?逝く瞬間見てみたかったな!
ってそんなこと言ったらまたゆうさんに怒られるから程ほどにしとくよ。
てゆーか今から会えない?
…!まさか向こうから呼び出してくるとは!
今、進を尾行中だし、恵と進のやりとりも気になる…だが、優先度はこっちだ。
いいよ。俺もお前に話したいことあるし。
私は、今から美依子と落ち会うことを承諾した。
いつもそうだ。そういうものだ。何かを得るためには何かを手放さなければならない。
私は、指定された場所に来ていた。
そこは開発を見送られた埋め立て地で、
所謂草っ原だ。
わざわざ瀬戸内海を狭くして、環境を汚染し、
何の為に埋め立てたのか、何が何やらわからない場所だ。県は何税金を無駄遣いしてるんだ?
そういえば
以前、サウンドマリーナが開催された場所でもある。僻地なので、日中なのに車はおろか人っ子一人いない。
年に一度あるかないかのイベントにしか使われない場所なのだ。
何故こんな場所に呼び出した。
私は、きな臭い匂いを感じていた。
ちなみに私の能力、電話越しには発揮出来ないようだ。
レスポンスに用いる媒体は、音波、電波とはまた違う媒体なのだろう。
…これは、美依子が何を企んでるのか、最悪のケースも考えてないといけない。
私は、右腕に目をやった。
車が一台やってきた。
美依子が降りてきた。
その後、
武装した男達がぞろぞろと車から降りてきた。
その数四人。
まあ、こんなことだろうと思った。
もっと大人数かと思っていた。
美依子、久しぶり。ちょっと痩せた?
うん、少し痩せたかな。
ゆうさんこそ痩せたね。てゆーか見違えたよ。本当にゆうさん?ってくらい。
あは、そんなに変わったかな?
うん、別人みたいだよ。ちょっと前まではいい人なんだけど、なんか頼りないって言うか、物足りないっていうか。
目が変わったね。なんか私の全てを見つめられてるような。
その目が気に入らないの。
私を見ないで。
そう言うと、男達が私を取り囲もうとした。
取り囲もうとしていたのがレスポンスにより私はわかっていた
全員武装している。鉄パイプが一人、木刀が一人、金属バットが二人。
一番油断してる奴、肝が据わってない奴…
こいつだ。
鉄パイプの男は完全に多人数の利によって油断してる。
私はおもむろにそいつとの距離をつめ、男が持っていた鉄パイプの根元を右手で掴んだ。
男は完全に油断していて全く反応出来なかった。
男が鉄パイプを離すまいと手に視線が行き力を込めた瞬間、
左手で男の首に指をかけた。
グシッ
私は容赦なく男の首をつぶした。
…!男は声も出せずにその場にうずくまった。
ついに私は人を壊した。復讐を誓った日から、いつかこうなる覚悟は出来ていた。
だが…
左手に首の肉を潰した感触が生々しく残っていた。
美依子はいきなり一人やられて動揺している。
連れないこと言うなよ。美依子。俺はお前のこと嫌いじゃないよ。
こないだ見せて貰った動画、最高に面白かった。扇風機に顔書いてる奴。またあーゆーの拾ってきたら見せてね。
ゆうさん、あんた強かったんだ。その落ち着きの根拠はその強さからきてるの?でもまだこっちは三人いるよ。もう不意打ちは通用しない。それでも勝てるの?
ああ。強かったっていうか、この数週間で強くなったんだよ。
ちなみに強さはただの副産物だ。美依子、お前には想像もつかない力を俺は持ってる。
殺して!こいつを!
美依子は声を荒げた。
男達は一斉に私に掴みかかろうとした。
もはや油断している者はいない。
私は取り囲まれないようにバックステップした後すぐ切り返し、私の左側に周り込もうとしてる木刀の奴に接近した。
男は反射的に木刀で殴りかかろうと振り上げたが、
そんな予備動作してる時点で素人だ。
もちろん私も素人のようなものだが。
私は振り上げた木刀を振り下ろせないように肘を掴み、
そのまま握りこんだ。
バギ
ぎゃあっ…!
男は腕を抱えて悶えた。
残った男二人は、それを見て私に近づくのを躊躇した。
一対複数の場合、取り囲まれないようにすることが重要だ。そのためには一人ともみ合いにならないようにすることが必須なのだ。
だから一撃で戦闘不能にしなければならない。躊躇は出来ない。
私が触る部分は指だろうが何だろうが全て急所だ。素手による先端破壊が可能なのだ。防御がそのまま攻撃に繋がる。私は身長やリーチはあまりないが、この握力とレスポンスを駆使することにより、武器を持った多人数相手でも同等以上の間合いで戦える。
私は目が良くなった。というか、使い方が分かった。動体視、周辺視…今まで使いこなせてなかった。
レスポンスによりどこを気をつけたらよいのか、何に備えたらよいのかがあらかじめわかる。
人対人の場合、
圧倒的不利なようにみえて、実はそうでもなかったりするものだ。
何故なら、人間は多人数かつ圧倒的有利な立場になると、必ず怠慢になる奴が出てくるからだ。
手を抜いたり油断したり。
そこを冷静に突けば、
動揺する奴が出てくる。
さらにそこをつき、包囲を完全に崩し、
状況を五分に持っていくことはそんなに難しいことではない。
私はケンカは素人同然だが、レスポンスプラスアルファにより相手を把握する能力は達人レベルに達していたのだ。
男二人は懐からナイフを取り出した。
と同時に殺意のレスが聞こえた
ざわ…
とうとう出たか。
殺意って奴。
殺意って、自分に向けられると、どんな気持ちになるのか。
そんなこと今まで考えたこともなかったが、
進に向けられた時、わかった。
全身の毛が逆立ち、
殺意を持った者の存在を問答無用で全力で消したくなる。
つまり、殺したくなる。
私は理性が薄らいで行くのがわかった。
殺意は殺意で塗り潰す。
私はアップライトに構え、左手で額の汗を拭う仕草をしながら左側の男に半歩近寄ると、手首のスナップを利かせながら腕を振り下ろした。
ヒュン
風を斬る音がした。
私の左手にはトンファーが握られていた。
私は、右腕にトンファーを隠し持っていたのだ。トンファーは通販で購入していた。トンファーは男のロマン。
男が悲鳴を上げた。おとこの左手の中指と薬指がどこかに飛んでいってなくなった。
私は間をおかずに最後の一人につめより、反応出来ない男の横っ腹にトンファーの柄の部分を叩きつけた。
男は…体をよじらせながら沈んでいった。
トンファーは様々な攻撃方法のある道具だ。
鎌のように相手の各部位に絡めて引き付けたり体勢くずしたり、
柄をスナップを利かせて回転させた時の打撃スピードは、常人にはまず反応出来ない。
棒で殴るダメージは線だが、トンファーの柄で殴るダメージは点だ。破壊力が違う。
トンファー超かっこいい。
戦いはいかに自分のリズムでやれるかだと思う。緩急を相手に読ませないように相手の緩急を崩すように。
今回は完全に私のリズムが場を支配した。
美依子、一人になっちゃったね。
…本当に強いね、ゆうさん。
私は見た目通り、ゆうさんにかなうような力は持ち合わせてないよ。
うちとの勝負はゆうさんの勝ちね。
ゆうさん、
逃げて。
なに?
うちは任務を失敗した責任を取らされてあの男にきっと殺されるよ。
清華が今からここに来る。
ゆうさんがいてもいなくてもどうせ私は殺される。
だからその前に逃げて。
清華?
誰だそいつ
しゃしゃしゃしゃ…
!この音は!
ギョロ
殺す!殺す!殺す!
美依子が突然豹変した。
目をひんむき歯を軋らせ私に掴みかかってきた。
な!この力…!女の力じゃない。
ググググ…ギシギシ!
美依子の骨がきしむ音がする。歯ぎしりし過ぎて歯が割れたのか、口から血が流れている。
私を掴む腕はビキビキに血管が浮き出し、脈打っているのがわかる。
腕の静脈が脈打つって、美依子の血流は今どうなってるんだ。耐えられる訳がない。
…操られているんだ。潜在能力を無理矢理引き出されて。
美依子!やめろ!体が持たないぞ!
ぞわっ!
私は鳥肌がたった。
なんだこの声は…
来る…ヤバい奴がここにやってくる。
まだ目視出来るところにはひと気はない。相当離れたところから…
私の射程圏を無視したような一方的なレス…
絶対普通じゃない。
ダメだ。今こいつに会ったらダメだ。
殺される。
私はレスを聞いただけで、その男のヤバさがわかった。
私が復讐を誓った相手は
こんなヤバい奴だったとは。
あの時は今ほど感受性は研ぎ澄まされてなかった。酒も入っていた。わからなかった。わかってたら…あるいは…
逃げなきゃ。今すぐ。
美依子、離せ。
ここにいたら二人とも殺されるぞ。
美依子!
私は、普段、相手に意識を飛ばす時、意識の球体のイメージを相手に飛ばしている。
そして意識を飛ばすのは質問するときだ。
今回、私は精神的にかなり追い詰められていて、
無意識のうちに、暗幕のような形にならないイメージを彼女に飛ばしていた。
ぷしゅー!!
何か冷たくてキラキラした気体のようなものが美依子から解き放たれたような気がした。
美依子は急に力が抜け、気を失った。
私は急いで美依子を車に乗せ、その場から離れた。
途中、一台の車がこっちに向かってきた。
ぞわぞわ…
あいつだ…あの男が乗っている。
ダメだ。こいつのレスはこれ以上聞きたくない、このままでは気がおかしくなりそうだ。
ギイ…ギイ…ギイ…
~!
私は、声が入ってこないよう、心を閉ざした。
あいつの乗った車は見えなくなった。
はあ、はあ…。
助かった。
なんなんだあいつは。今まで何万人とレスを聞いてきたが、あんな禍々しい声の奴は一人もいなかった。
すごく暗くて重くて、無機質で硬質で無造作。
まるで油がきれて不快な音を立てながらゆっくり回転してる分厚くて巨大なプロペラの前に立たされているような気分だった。
突如高速回転したら…私は、抗う術もなく飲み込まれてズタズタに引き裂かれてしまっただろう。
…
あの男がこんなヤバい奴だとあの時知っていたら、私は、復讐なんて諦めていただろう。関わりたくない。あんな声を発する人間とは。
でも、今の私は、あの時とは違う。
しかし…
美依子は助手席で気を失ったままだ。
…さっき
咄嗟に美依子に飛ばした意識…
今まで質問系の意識しか飛ばしたことがなかったが、あの時は咄嗟に
暴れる小動物を、毛布かなにかでくるんで大人しくさせたいイメージの意識を送ったのだ。
つまり
静かにしろ!
という力づくの命令に近かった。
そしたら美依子は気を失った。
私はこの能力を受信機のようなイメージで扱ってきた。だが、レスポンスとは返信という意味だ。返信があると言うことは送信もある。
私は送信もしていた。質問も送信の一つだ。
それに今思えば、質問系以外の意識を、私は無意識にこれまでにも飛ばしていたのかもしれない。
送信、
命令…暗示…
まさか、奴の能力はこれか?
奴と私は、近い能力を持っているのか?
ざわ…
だとしたら、私は…
続く