私はバイクの後ろに乗っている。



バイクは猛烈な勢いで空を切り裂いていった。



メーターを見ると、時速140キロ出ていた。そこまで着込んでなかった私には寒いわけだ。


朱木!飛ばしすぎ!


何?聞こえないわよ?



あっ


朱木の耳元に寄ろうと体を捩らせたらシャツがはだけ、
私の胸ポケットからタバコが飛んでいった。



あー



この猛スピード、タバコは一瞬にして遥か彼方後方へ置き去られた。



あ…そう言えばまだ私の能力のこと、清華のこと、朱木に話してなかった。



バイクは猛スピードで進んでいる。

様々なものを置き去りにして。

逆走することは不可能。今はただ、次のステージに進むことしか出来ない。





私達は港に到着した。


既に朱木の仲間達は集合していた。
その数20人はいる。

おっしゃ!
みんな揃ってんね。あ、真帆がまだ来てないのね。まあいいわ。
こいつ私の愛人。憂っていうの。みんな仲良くしてやってね。


なんだよ愛人て!
違うわボケ!

みんなが爆笑した。


憂さん、はじめまして。話は朱矢さんから聞いてます。俺ら、力になりますよ。

一人が言うと、

その徒名、憂の前で言わないで!ハズいでしょ!

朱木が恥ずかしそうに言った。

するとまたみんなゲラゲラ笑った。

私は、思っていたより和やかな雰囲気を感じた。ガラの悪い連中だが、こうやって接してみると一人一人は普通の青年だ。

と感じると同時に思った。

俺は確かに朱木に助けを求めた。けど、彼等を巻き込むのは…


何言ってんのさ!言ったでしょ!一人で背負いこむなって。
二人より三人、三人より四人、そうやって重さを薄めていけばいいのよ。

私は、思うの。
人間、迷惑かけてなんぼだって。
だって迷惑を掛け合い助け合うのが人間関係の基本でしょ。


朱木…お前熱いこと言うなあ。
でも、俺、お前のそういうとこ、ちょっと苦手だった。

お前は周りの奴らの弱さを認めて受け止める強さを持ってる。だからお前の周りにはいつも人が集まるんだろうなあ。

でも俺はさ、群れるのがあんまし好きじゃなかった。その、よくも悪くも薄まってく感じや一体感が嫌なんだ。何だろうな。エゴが強いのかな。かと言って周りを自分のエゴに従わせるのも違うと思うし、そんなカリスマ自体ないし。


それに複数のグループになると、どうしても合わない奴が出てくる。そういう奴ともうまくやってかなければいけないのがめんどくさい。

本当は帰ってテレビ見たいのに、面白くもない奴と、付き合いでだらだら何をするわけでもなく時間を消費するのも耐えられない。


私は後半の部分は心の中だけに留めた。



憂の気持ちもわかるわよ。そうね、確かに群れると、集団意識が生まれて異端の発想が淘汰されてく。あんた変わってるからね。居心地悪いのかもね。

まあ、別に馴れ合えってんじゃないわ。言い方は悪いけど、あんたはウチらを利用すればいいと思うの。

つーかぶっちゃけこいつら暇人でさ、力有り余ってんのよ。暴れたがってるの。暴れる場所を教えてあげて。



朱木…

私は、何かまだ釈然としないものがあった…
そう、朱木も彼らも清華の恐ろしさを知らない。
やはり彼等をこのまま危険な目に合わせることに抵抗があった。


どうしよう、私の能力、清華の能力、ここで話しておくか…いや、しかし、そんなのすぐには信じられないだろう。信じさせるためには実際レスポンスを使って誰かの心の声を当ててやる必要がある。しかし、それはそれでみんな引くんじゃないだろうか。朱木は別として、普通は自分の心を見透かされるのは嫌だろう。
清華の能力だけ話そうか…いや、しかし、そんなの言葉だけじゃ信じられないだろう。
やはり私の能力を見せるしかないのか…
いや、しかし、…





…しゃしゃしゃしゃ




ぞわ



このレスは…!




あーいるいる。見慣れない奴が一人。あいつが憂って奴でしょ。



数十メートル先で女が携帯で誰かと話している。この女、清華に操られている!

バレた!マズい!何故ここが?

おー真帆遅かったじゃねーか!早くこっち来いよ!

朱木の仲間の一人が呼んだ。

私のお腹がヒンと鳴った。
この真帆って女…彼等の仲間なのか…そして清華の手先…

私は青ざめた。


筒抜けだ。何もかも…








ギイ…ギイ…



ああ!ヤバい!あいつが来る!どんどん近づいて…







私は逃げようとも思ったが、
この状況…短時間で全員説得して納得させて逃がすのは困難だ。私だけ逃げるわけにもいかない。


いや、しかし状況と言えば
こっちは朱木とその仲間が20人以上…

向こうが何人で来てるか知らないが、
迎え打つ状況としては決して不利ではない。むしろこっちが有利なんじゃないか。



この時…集団に身を置くことによる安堵感…集団意識が少なからず私にも働いていたのかもしれない。



何か夢見心地のような、厳しく困難な正解より楽観的で安易な不正解を選んでしまうような、危機感のないぬるい曖昧な思考をしていて結局逃げるという選択をとらなかった。



車の光が見えた。







スーッと



音もなくハイブリッド車が一台、私達の前に止まった。



エステニア製薬の社用車だ。


車から



一人の男が降りて来た。



そう。それは清華だった。





私は清華とついに対峙した。





憂…会いたかったよ。

清華が言った。


私のことを前々から知っている風な言い方だった。そうだ。こいつは私のことを知っているはずだ。







清華…俺もお前に会いたかった。

こいつ…こんな顔をしていたのか。
想像していたよりも優男だった。

こいつに奪われた。美音ちゃんを奪われた。こいつだけは許せない。絶対に許してはいけない。

私は清華を見た瞬間、怒りを奮い立たせようとした。


だが…この感覚はなんだ?

私の感情…


例えば自分の大切な人が災害でなくなったたとして、例えば海で嵐に巻き込まれたとして、

今目の前に広がる穏やかな海に対してどう思うだろうか。


その時の私の感情はそれに近かったかもしれない。



この男…


禍々しいレス、


すごく寒い…凍てつくようなレスが流れ込んでくるのだが、


なんて言うか、中身がないんだ。






普通の人間のレスには、その人特有のクセというか、アクというか、いわゆる性格や人柄というものが付加している。

だが、清華のレスは無味無臭。


本当に氷そのもの。





恨むったってこいつは氷なんだ。氷を恨めって言われても…





しかもこいつ、私に特に敵意を持ってない。


好奇心?

期待感…?
なんだ?私に対するこの感情は…


お前…面白い力持ってるな。私の力と裏表の関係にある。

私がかけた暗示をこれまで何人か解き放ったな。


彼女達にもう一度暗示をかけようとしても、かからないんだ。

憂…お前、なにをした?


清華は私に純粋に聞いた。生徒が先生に質問するように純粋な気持ちで。


何訳わかんないこといってんのこいつ。

朱木が怪訝な表情でいった。



フタを…開いてやっただけだ。

私は短く、言葉足らずな説明をした。


憂?

朱木は目を白黒させていた。


なるほど。
清華はその端的な言葉で理解したようだ。

どうやら人間の器に付いてるフタは不可逆性の原理で出来ているようだな。

空気を入れるのは見やすいが、抜くには栓を壊さなければならない。壊れた栓には空気はもうたまらないってことだ。

なるほど。










お前が壊したのか。



ギイ…



ギギギギ…シュルルルルル!



美音を!よくも壊したな!



もう、いくら空気を入れても入れてもっ
手応えがなかったんだっ
美音はしぼんだままだった!壊れた風船みたいだった!

悲しかった!絶望した!
貯めていた通帳の残高を誰かに全部引き出された気分だったっ!


お前が壊したのか!

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!


殺す!

ぞわぞわぞわ!


清華は急変した。穏やかな海が一瞬で嵐の様相を呈した。

さっきまで動きの鈍かった清華のレスが、吹雪のように急速に渦巻いて私に流れ込んでくる!私は膨大な量の殺意を一身に浴びて、

蛇に睨まれた蛙のごとく
その場から身じろぎ一つ出来なかった。


くはっ…はっ

呼吸することも困難になってきた。


清華が私に近づいて来た。

私は動くことも声を出すことも出来なかった。


憂!下がって!


朱木が私の前にかくまうように立ちふさがった。

それに呼応するように仲間達も武器を持って構えた。


マジか…朱木…お前ら、
こいつとやる気なのか…レスが聞こえない人間には清華の巨大さがわからないのか、

お前らは今、高速で回転している人の何倍もある巨大なプロペラの前に立ってるんだぞ。




ダメだ…みんな逃げてくれ、

声が…声が出ない。


私が甘かった…朱木は実戦経験豊富で相当なケンカの腕を持っているし、頭も切れる。さらに仲間が20人…

うまくやれれば清華に対抗出来るだろうと漠然と思っていた。

しかし清華と対峙してそれがあまりにも甘かったと思い知らされた。


集団対個とか、武力とかの問題じゃないんだ。支配者と支配される側は、そんなものじゃ埋められない差があるんだ。二次元の絵が三次元の人間に抗う術がないのと同じなのだ。ただ、ただ一方的な関係…


清華が口を開いた。

お前、朱木だろ?うちの地元でもお前は有名だったよ。

あの矢…さっき俺の部下をめちゃくちゃにしてくれたのはお前だよな?
やってくれるじゃん。
伝説通りの猛者ってわけだ。



今、俺の部下がこの港を包囲してるんだ。
100人くらいかな。


なっ!100人だと…!

朱木も仲間も動揺した。


あっ早とちりすんなって。
そいつ等はただの見張りだ。手は出さないよ。

警察に口利くのも金がかかるんでね。殺しの揉み消しは。

これだけの人数全部口利いたら、軽く十数億かかってしまうんだ。出来れば私達との関わりを警察には知られたくないんだよ。彼らはその為の見張りだ。

憂を拉致するために店を襲撃したのも
ただの交通事故として処理するのに見積もり出してもらったら数億かかってしまうみたいなんだ。

最近、派手にやり過ぎたんで節制しないとな。


それはそうと、お前ら
全員皆殺しだ。一人も逃がすつもりないよ。


清華は朱木に近づいた。

あんた一人でこの人数相手にしようっての?バカじゃないの?


朱木はボーガンを構えた。


打ってみなよ。
清華はボーガンを向けられても余裕の表情で言った。


パシャ!
バシャシャシャシャ!


朱木は躊躇せず
ボーガンを放った。



仲間に向けて。


うわあああ!

仲間が数人その場に倒れた。


えっ

朱木は動揺している

朱木さんなんで?

仲間達も混乱している


朱木はさらにボーガンを仲間に向かって撃ち続けた


朱木さん!やめてくれ!ぎゃあ!
仲間達は叫んだ。


朱木の体は自分の意と反して勝手に引き金を引き続けていた。



私は清華の能力を目の当たりにした。


私には意識の具現化したイメージが見えるが、自分以外の意識のイメージを見たのは初めてだった。


清華の体から、
強烈な青白い光の帯が朱木の頭に注がれている。


やめろっ!
ドス!

ハア、ハア



朱木は勝手に動く体をねじ伏せ、己の右手にボーガンの矢を突き刺した。




へえ、お前なかなかの器の持ち主だな。男でこれだけ心圧を注いで自我を保てる奴はなかなかいないよ。部下に欲しいくらいだ。

どれ。



あっあっあっ


あー


ダメだ!それ以上はっ



パンッ



私は鮮血を浴びた。




朱木の耳から血が吹き出た


朱木!





憂…


朱木は私の方を振り向いて笑った。





朱木はその場に倒れた



あーっ惜しい。
パンクしちゃったか。



ギリギリまで心圧を注いでやりたかったんだけどな、さじ加減間違えた。


朱木!朱木!ちくしょう!

動け!俺の体…頼むから動いてくれよ…あいつをぶん殴らせてくれよ…



倒れた朱木、そして仲間を半数近くボーガンで打たれ、恐怖におののいたもの達はその場から逃走した。


だから一人も逃がさないってば。
最近無線でも飛ばせるようになってね。
更に短文なら一斉送信も可能だ。



光の帯が、逃走しようとした男達を一斉に包み込んだ。




男達は近くの仲間と殴り合いを始めた


止めろお前…!ぐああ!
俺の体、なんで勝手に!

ああああ…!


港に凄惨な地獄絵図が広がっていた。


そしてとうとう朱木の仲間は、最後の一人を残して全滅した。


最後に残った男は血まみれのバットを持って、私に近づいてきた。


ハアハア、憂さん、俺、体が勝手に動いてしまうんだ。自分じゃ止められない。逃げてくれ!


憂さん、早く!

男は、バットを振りかぶった。


う…

私は男の暗示を解き放つと、男はバットが手から離れ、その場に崩れるように倒れ込んだ。




それがお前の能力か。
今、お前の頭から触角みたいなものが出てきたな。


それでお前の言う、フタを開けるのか。


ぐしゃ

清華は倒れ込んだ男の首を
まるでアルミ缶でも踏み潰すかのように
踏みつけへし折った。



お前!


私は清華に殴りかかった。

しかし、簡単に腕を掴まれ止められた。

右腕に隠していたトンファーを引き出そうと袖に左手を入れると、

その手も掴まれた。

先手を打とうとしても、後の先で返されてしまう。私は清華に完全に実力で劣っていた。





よし、お前、俺のフタを開けてみろ。


何だと?



そういえば
清華から放たれていた私に対する膨大な殺意がいつの間にか消えていた。
だから今私は殴りかかれたのだ。



これは、千載一遇のチャンスかもしれない。


清華は私の能力を侮っている。


フタを開けて心圧をすべて吐き出させてお前を無力な人間にしてやる!



私は全ての触角を出し、清華の体を覆った。






…なに、開かない。というより栓らしきものが見当たらない。




えっ栓がない…清華には栓がどこにもついてないっそんな馬鹿な!

栓がないからこんな強靭な器を持ってるのか?だとしたら送信はどうやって


バチッ


その瞬間、私の触角は弾かれた。


そして清華から光の帯が私に放出された。



あ…


寒い…なんて寒さだ…




ああああ…



こんな寒さでなんでこいつは生きてられるんだ…



ああああ…



私が、私の心が凍りついてしまう…






清華さん!民家から警察に通報があってパトカーがこっちに向かってるって!


真帆が清華に向かって叫んだ。


警察には清華の息がかかった内通者がいるようだ。



光の帯が消えた。







お前も常人より強い器を持ってるようだな。能力と関係あるのか?


もういいよ。分かった。憂、お前は俺にとって、脅威にはならないことは分かった。


残念だ。


お前じゃ俺を止めることは出来ないんだな。


救いにも脅威にもならないんだな。


俺の中の心圧は増える一方なんだ。自分でも解消する方法が一つしかわからない。

増えた心圧を誰かに注入して圧力を抜くしかないんだ。



足りない…いくら放出しても増える量に釣り合わない。



お前にわかるか、このストレス。この気持ち。喉の渇きを癒すため海水を飲み続けているようなもの。

利息を返済するために借金する自転車操業ようなものだ。






どうする?



えっ何が…



こいつらの血を見て、俺の怒りは大分収まったし、もう眠くなってきた。

お前を殺す気もなくなったよ。この状況なら俺は殆ど直接手を下してないから、金を大してかけずにこいつらの内輪もめとしてこの件を片付けることができる。

ここでお前を殺したら金がかかるんだよ。

何より
もう早く帰って寝たい気分だ。

帰っていいよ。もう追わないから。



え…

帰っていいだと?


なんだとこいつ…人のことさんざん追い回して俺の周りの人達をめちゃくちゃにしておいて。


私は…しかし

恨みや怒り、憤りといった感情は一定以上湧き上がってこなかった。




何か、


もうどうでもよくなっていた。


私は復讐も何もかもどうでもよくなっていた。

自分の無力さを思い知らされ、完全に心をへし折られていた。


頑張ってどうこう出来る相手じゃない。かすり傷一つ与えられない。




帰っていいのか…




私は歩いてその場を離れた。




完全に負けた…


適わないにしろ少しくらいは歯が立つと思ってた。



足元にも及ばなかった。肉体的にも精神的にも。




寒い…心の底に隙間風が入り込んでるみたいだ。寒い…


続く














私は両手を縛られ目隠しされて、車に乗せられた。



レスを聴く限りだと、
恵を人質に取った女が運転している。

そして助手席に男が一人座っている。

さらに後部座席に私を挟んで男二人が座っている。



店内に突っ込んで来た残り三人の女はこの車には乗っていない。恐らく後ろから車でついてきているのだろうか。



私にはあの暗示を解く力がある。あれを使ってなんとか逃げられないだろうかと思ったが、


この四人から向けられた私へのレス…全くスキがない。

仮に運転している女一人暗示から解き放っても、残り三人いる。しかも私は両手を縛られ目隠しされている…美依子の一件で私は相当警戒されているようだ。

付け入るスキが見当たらない…

無理だ…逃げられない。



清華…私に会ってどうするつもりだ。
直接始末するつもりなのか、それとも私にも暗示をかけて操ろうとでもいうのか。

…もし清華に操られるくらいなら死んだ方がマシだ。

むしろ一番恐ろしいのは…奴と対峙して私が恐れをなして命乞いしてしまったら…



どちらにしろ、今の私では奴には絶対に勝てない。



進…あいつ…まさかあんな行動に出るとは。叫んでたな、恵の名前。何度も何度も。


進にとって恵は大切な存在だったんだな。
あの時の進のレス…とても悲しく美しい、ピュアな叫びだった。

進の行動は完全に冷静さを欠いた何も解決出来ない死に急いだだけの愚かな行動だった。



だからこそ美しかった。


進のあんなに強かった自意識が…あの時消滅していた。



進も清華が撒き散らしている悪の伝播の被害者の一人だった…私が巻き込んでしまったことにもなるのか…
でも最後の最後であいつは…

私は進のことを思い、やるせない気持ちになった。



目隠しされた私には見えなかったが、車は次の信号で赤に引っかかりそうだった。


そうだよな、
どうせ捕まったら生き長らえる選択肢はないんだ。ここであがいてみるか。あがくなら今だ。



進…ありがとう。私も覚悟を決めたよ。私もあがいて死ぬよ。


スキがないなら作ればいい。
運転している女を暗示から解き放ち、残り三人の意識がその異変に向いた瞬間に左側の男の首をへし折り、そのまま首を持って右側の男を車の外に吹き飛ばすくらいの気持ちで思っきり蹴り上げる。
距離感はレスを聴けば正確にわかる。
ここまではうまくやれる自信がある。

そうすれば後は一人だ。

だが、最後の一人に撃たれる可能性は高い…でも、撃たれても急所に当たらなければ反撃してやる。急所に当たっても反撃してやる。

そして車を奪って逃走する。


未だかつてない死闘になるだろう。
構うものか。大暴れしてやる。

成功率は…二割あればいいとこか。


さっきまで100パー無理だと思ってた
今はかすかに生き残りにかける隙間が見えてきた。やれる気がしてきた。





車は赤信号にさしかかり、減速した。

信号に引っかかったのか?止まったらまずは一番厄介そうな運転している女から…

と思った瞬間、


ドドドドドッ

一台のバイクがこの車の隣に現れた。


この車は先ほど店に突っ込んだ車で、フロントガラスが割れていたためバイクの音はうるさいくらいに聞こえた。


バイクはそのまま、車の前につけた。

!バイクの排気音に紛れたこのレスは…






バシャッ


ぐうっ!…



助手席に座っていた男のレスが途絶えた。



なっ!なんだテメー!

運転している女がさけんだ。



どうやらボーガンのようなもので撃たれたらしい。

今度は女を狙っているようだ。


クソ!なんだこいつ!女はクルマのブレーキを踏み、銃を取り出し、バイクの男に照準を合わせた。



死ね!




きゃあ!




女が引き金を引こうとした瞬間、
腕に矢が突き刺さった。


ガッシャーン!!



と、同時に後部座席の右側の窓ガラスが粉々に割れた。




な…
女が後ろの異変に気づいて振り向こうとした瞬間、


女は力が抜け、気を失った。

私が暗示を解いたのだ。

左側の男は、既に私に首を握りつぶされていた。

右側の男は、私に思い切り蹴り上げられ、頭を窓ガラスに叩きつけられていた。



私は目隠しを外し、速やかに車から降りた。


女殺すのは嫌なものね。狙いが鈍ったわ。

バイクの「男」はフェイスガードを上げた。


朱木!

私は手を縛られたまま朱木とハイタッチし、バイクの後ろにまたがった。


朱木は職場の仲間だ。そして高校からの旧友でもある。


さっき店を襲われた時、朱木は店内にいた。

そして私が拉致されたのを見て駆けつけてくれたのだ。


朱木は私を助ける直前、後続の護衛の車のタイヤにボーガンを放ち、三台とも玉突き衝突させていた。

数十メートル後方で
護衛の車から女がぞろぞろ降りて来た。

バシャ!


朱木は私が乗せられていた車のタイヤにもボーガンを放ちパンクさせた。



ずらかるわよ。

バイクを急発進させ、その場を後にした。



車から降りて来た護衛の女が一発、二発と発砲したが、既に射程圏を脱したバイクにはかすりもしなかった。

サイドミラーにはもう、私が乗せられていた車は見えなくなっていた。


時間にしてわずか十数秒の脱出劇だった。





助かったよ、朱木。あのままだったら俺、確実に無事じゃすまなかった。

さっきの連携、最高だったな!完璧だった。伊達に付き合い長くないな俺ら。



そうね!でもまさか憂があそこまでやれるなんて思わなかったわ。後ろに乗ってた二人、多分死んでるわね。


ああ、多分死んだね。助手席の奴も恐らく。




ごめん、巻きこんじゃって。ホントに…もう元の生活戻れないよ。



いいのよ!憂が巻き込んだんじゃないわ。


私が勝手に飛び込んだだけ。気にしないで。


そういえば運転していた女、勝手に気を失ったように見えたけど、憂、何かやったの?


ああ、あれね、また後で話すよ。



朱木の話し方


朱木は男だ。しかし、心は女…
そう、朱木は性同一性障害なのだ。

でも私にはそんなの全く気にならない。

朱木はいい奴だ。


性同一性障害だからって何も問題ない。


ところで憂…そんなに密着して後ろから腰振られたら感じちゃうわあ!



振ってねーし!



今からどこ行く?ホテル?



行かねーし!もう降ろせ!バカやろ!



いや…やっぱ問題ある…。







私達は県境まで来ていた。十分追っ手を巻いたと思い、
一旦バイクを止め、ライターで縛っていたロープを焼き切った。


そして近くのコンビニに寄った。



ん。

私は缶コーヒーを朱木に投げ渡した。


…朱木、さっきは自分から飛び込んだっていってたけど、朱木に殺しまでさせてしまった…本当にすまない。


だーかーら!、マジで気にしないで!
さっき、進、撃たれちゃってたよね。あいつら普通じゃないよ。あんな奴らに連れてかれたら憂、きっと只じゃ済まなかったでしょう?

私、憂を助ける為だったら命惜しくないし、殺しだって出来るよ。憂が困ってるなら力貸すよ。


朱木…有り難う。


朱木の言葉に偽りや誇張はなかった。
仲間想いの本当に熱い奴なのだ。


でも、これから先、ホントに危険なんだ。朱木まで死なせるわけにはいかない。
だからここで別れよう。


何言ってんの?別れて私、どうすんのさ!もう人殺したんだよ!元の生活戻れないって憂がさっき言ってたじゃない!

さっきから
何かっこつけてんのさ!一人で何でも背負おうとして!背負いきれてないから手を貸してるんでしょ!私達恋人同士でしょ!持ちつ掘られつの関係じゃない!


朱木…
後半違う…違うけど…
朱木の言葉が胸に響いた。





私は復讐を、誰かと一緒に…なんて考えたこともなかった。清華は悪党だと思うが、あくまでも私の行動は私怨からきている。私怨は一人で晴らすべきだ。



だけど…

朱木の裏表のないストレートな言葉が胸に突き刺さってる。










朱木…

力、貸してくれ。

その言葉と共に、
私の中で精一杯頑なに維持してきた何かが
溶けた。




当たり前よ!さっきから言ってるでしょ。貸せるものならけつの穴だって貸すわよ!いつでも言って!


バカ…けつはいらねーよ。


私は朱木の言葉に涙が溢れ出た。





人のあたたかさにいつも私は救われている。。



私は本当にいい奴らに出会えた。


先生、美依子、朱木…、ホントに救われている。


私が人間らしさを維持出来てるのは、彼等にあったかさを貰ったからだ。



ちょっと~何見つめてんのよ。
ほら!けつを貸すから借りなさいよ!


別に見つめてねーよ!勘違いすんな!


ところでお前、よくこの車に追いつけたな。


簡単よ。ゆうのフェロモンを追って…ってのは嘘で、こいつらエステニア製薬の奴らでしょ。会社に向かってると推測したらビンゴだったってわけ。

なん…

朱木は私の言葉を遮るように話し続けた。
私が何も知らないと思ってた?あんたが最近、なんか隠し事してることくらいわかってたわよ。
8年の付き合いなめないでよね。

昔からあんた悩み事あっても周りにうちあけないで一人でなんとかしようとする癖変わってないわね。
あんたのことだから直接問い質しても絶対何もしゃべらないことわかってたから、私のツテで
勝手に調べさして貰ったの。例の…あんたんちで起きた殺人事件とか。


エステニアの奴らの話はウチらの中でも最近よく耳にするわ。まさかあんたがエステニアと絡んでたとはね。


あんな奴らと絡んでないで私の体と絡み合ってよ。


お前…マジで俺の体目当てか?




体だけじゃないわよ!心外ね!

あ、そういえば
念のため国道の反対方向も仲間に探させてたの。

そいつらとも今から落ち合うわよ。



朱木は若い頃、朱矢の名で名を馳せた
チーマーのリーダーだった。
当時の朱木はいつもボーガンを持ち歩いていた。
キレると相手を20センチ程の矢で滅多刺しにして矢尻が朱く染まることからついた通り名である。


そう、ボーガンは威嚇の為だけで実際は撃たないのだ。

朱木曰わく
これを手に握って刺すとね、手からはみ出した分の長さまでしか刺さらないから、やり過ぎて相手殺さなくて済むの。


全身血まみれで青ざめた男を踏みつけて朱木はそう言った…

いや、傷は浅くても場所が悪かったら出血死とか普通にあるだろう…私は心の中で突っ込んだものだ。

朱木は普段温厚なのだが、非常に切れやすい性格で、いつももめ事を起こしていた。つるんでいる仲間もガラの悪い奴らばかりだ。


私と朱木…性格は正反対で、考え方も違う。何故付き合いが始まったかというと、

私と朱木は高校時代の同級生だ。男子校で席が隣だったため話すようになったのだ。


本当にそれだけが理由だった。


もし同じクラス、隣の席じゃなかったら話すことすらなかったかもしれない。



性格は正反対なのだが、何故かお互い惹かれ合うものがあったのだろうか、正反対だからこそ気が合うのだ。学校にいる間はいつも連んでいた。


私は社会人になって、いくつになっても変わらない朱木に付き合い切れなくなり、最近までずっと距離を取っていた。


しかし、私にとって一番気が合い話がわかる奴だ。
それは今も昔も変わらない。

お互いが何をしたいかがわかるのだ。レスポンスが使えなくても。

そして切れやすい朱木の気持ち、今なら少しわかるような気がする。
私も最近、自分の怒りが抑えきれない時がある。


仲間と落ち合う前に一発やっとく?



だからやんねーし!しつけー!
お前!しつこい!死ね!

さっきの気が合う云々は取り消しだ。
…こいつ、本気で私の体が目当てなんじゃ…




私達は朱木の仲間と今から朱木達の溜まり場の港で落ち合うことにした。



バイクは来た道をUターンし、港に向かった。





辺りはもう暗くなっていた。




バイクに乗っていたせいもあるのだろうが、まだ初秋なのに猛烈に寒かった。




清華の暗示を解き放った時の冷気を思い出した。





続く。





みんなに迷惑かけずに俺にかけて!

みんなが助けてくれる






ここが二階堂の住んでるマンションか。



特に何の変哲もない、至って普通のマンションだ。

入口から入り、集合ポストを見ると、
律儀に名前があった。403号室。

四階好きだな。
だから二階に住めよ二階堂さん。むしろ敢えて避けてるのかな。
四に愛着あるのかな。










よし、ここで待つか。


私はマンションの貯水槽の裏側で待つことにした。




愛には愛でー感じ合おうよー♪


二階堂のレスが聞こえた。心の中でチャゲアス歌ってやがる



二階堂は仕事が終わってチャリンコで帰って来たところだった。




他に誰もいないな…
私は他の人間のレスが聞こえないことを確認した。


二階堂はチャリンコを駐輪場に停め、エレベーターで四階に上がった。


四階に着くと、エレベーターの前に私が立っていた。


うわっ!

二階堂はくわえていたタバコを落とした。

おいおい二階堂さん、エレベーター内でのくわえタバコはダメですよ!エチケットがなってませんよ、エチケットがー。


私はタバコを拾うと、二階堂の胸ポケットに押し入れた。そのままポケットを引っぱりエレベーターから引きずり出した。


ぐ…てめえ、なんでここが…何しに来やがった!


まあまあ、そう邪険にしなさんな。ここじゃあなんだし、部屋入ろっか?



私は部屋に入れて貰った。

二階堂が靴を脱いでる間に私は先に中へ入った。

おじゃましまーす。


おま、靴脱げよ!


私は無視して奥に入っていった。
おーおーキレーに片付いてるじゃん。床もピカピカだし。引っ越しも済んで落ち着いたねえ。あっこれ、例のテーブル。二階堂さんが頑張って足つけたんでしょ。

やたらペラペラしゃべった。


ドカ!


この部屋、めちゃくちゃにしてやろうか。


私はテーブルを蹴っ飛ばし、二階堂に凄んだ。


…ここは美依子から聞いたんだな。
何しに来たんだ?
二階堂は目を逸らして聞いた。


決まってるじゃん。


俺はてっきり報復に来ると思ってたんだよ二階堂さん。そしたらいつになっても来ないからさ、こっちから乗り込んだってわけ。


俺がお前に何したって言うんだ!
なんで俺をそこまで追い詰める?


いやあ、二階堂さん、あんたには逆に感謝してるんだよ。

あん時、俺がめちゃくちゃ絶望してる時、あんたが俺を焚きつけてくれたから立ち直れたんだ。消え入りそうな火に油注いでさらに固形燃料をくべてくれたのはあんたなんだ。


私はタバコを取り出し、火をつけた。


あんたんちに来たのはね、また燃料くべて欲しいなって思ってさ。

俺の中の炎…今度はあいつ…清華を脅かせるくらいの業火にしたいんだ。




あんたの持ってる情報、全部しゃべれ。




バチッ


私はタバコを床に叩きつけた。



清華のことだと…
身の程知らずが…
そもそも俺も最近名前を知ったぐらいで、ほとんど何も知らない。


ホントに?でもあんた、顔に嘘ついてるって書いてあるよ。


あんた、営業部の係長なんだって?新薬課で課長やってる清華より立場低いね。つか、清華の奴が異常だよね。あの年で一流企業の課長とか。絶対なんか裏があるでしょ。

最近名前知ったってのはホントだとして、最近、懇意にしてるでしょ。どういう経緯で?

あいつ年は何才?どこ住んでるの?
顔見せて!なんか写真とかないの?
どんな性格?
血液型は?
口癖は?
彼女は?
仕事終わってから何してんの?
趣味は?
あいつと親しい奴は?
あいつの能力は?





二階堂は何も答えなかった。


しかし、私はレスポンスにより全てを読み取った。




冬越 清華
24才
B型

口癖は
手先は器用恋は不器用

性格はクールで残酷。。

人付き合いは嫌いなようで、普段職場では表向き誰ともつるんでない。

しかし、多くの社員と裏で一人一人と接触し、ほぼ会社を支配している状態。

二階堂も最近、清華から接触があった。第三者を通じて犯罪に加担するようになったのは半年前から。


今の役職に付けたのは新薬開発に貢献したことが評価されたことと、やはり…奴の能力により人事を操ったようだ。


住まいは六日市の金剛山の麓。

特定の女はいないが女には困ってない様子。

あいつは自分の能力のことを送信と呼んでいる。送信は老若男女誰にでも送ることが可能だが、女のほうが容量の大きい送信が出来るらしい。


送信か…



ありがと。

じゃあかえるね…


あ、そうそう

私は二階堂の着ていたジャケットのボタンを掴んで後ろに回った。そしてそのままボタンを引き上げジャケットの襟を奴の首に食い込ませて言った。



ドスッ
私の容赦ない拳が奴の脇腹に食い込んだ。

ぐはっ…


俺、お前がみおちゃんを侮辱したこと忘れてないから。またくるよ。


私は部屋を出ていった。







続く