そうか、そうだったのか。
器は、無数の微小の穴が空いている。外から強い圧をかけてやると、心圧は内へ浸透する
また、その微小の穴を、細い針のようなもので広げてやると、中の圧が逃げる
その微小な穴は小さい程器としての強度は強いし、圧力を維持出来る。
私は触角で心圧を抜く時、手探りで実際どうやって圧を抜いていたのかわかってなかった。手探りで触ってるうちに自然と穴に触角が入り込んだのだろう。
そして一度触角が入ってしまったらもう心圧を注げないと言っていた。
栓の感覚は処女膜のようなものなのだろうか。
今思えば、男の心圧を抜くのは、女と比べて遥かに楽で早かった。男の方が孔が大きいのだろう。
清華の心圧が抜けなかったのは、奴の器の穴は、あまりにも微小で私の触角が入り込めなかったというわけだ。
清華や朱木、私は例外ということだ。
私は触角をもっと細くイメージ出来れば、清華の穴に滑り込ませることが出来るかもしれない。
そもそも私の言うレスポンスや心圧、栓や
触角といったものは目に見えないし電磁波などの類いでもない。
イメージだ。
あくまでもイメージ。
頭のなかで好きな映像を思い描いたり、好きな曲を思い出すような感覚。
頭の中でイメージ化したものなので、微妙なアレンジを利かせることも出来る。
細い毛から更に細い毛を生やす。
その細い毛に更に細い毛を生やす。
イメージだ。もっともっと細く!
そして液体のイメージ。
私の触角は液体…イメージとイメージを交換するイメージ。私の心圧を送り込み、相手の心圧を取り出すイメージ。
私は目を閉じた。
(美依子、ちょっと失礼するよ。)
私は触角を美依子に伸ばした。
触角の先端を美依子の器に当てる…
するっ
!
以前、美依子の心圧を抜いた時は手探りで十数秒かかったが、
今、私は美依子の穴に触角を通すのにコンマ1秒もかからなかった。
私の触角は桁違いに細く更に繊細なコントロールが出来るようになった。
美依子!先生!ありがとう!帰っていいよ!
えっ
続く。
私の能力は、まだ進化の途中だったようだ。これから鍛えていけば、もっと強く、もっと繊細になれる。
だが…清華にはまるで勝てる気がしない。何より、私が清華を止める意義が見当たらない。
私は最初、美音ちゃんを殺された憎しみから清華を追いかけた。しかし今は正直、彼に対する復讐の炎は消えてしまっている。
大事な人を殺されたら、殺人犯を自分の手で裁かないといけない訳じゃない。
世界を救うためだとか…そんな理由で何故私が戦わないといけない?
しかも勝てないとわかってて。
正直、もう誰にも迷惑をかけず誰も失わず
普通に生きて生きたい。
そして、この天から授かった能力は、極力使わないで、でもたまに使って…そんな感じで生きて生きたい。
広島から離れようか…
ああ…俺って冴えない奴だなあ…
ああ!くそ!
俺はどうしたらいいんだ!
くそ!くそ!
私は苦悩した。
私は美音ちゃんの死から今まで勢いで怒り恨みという感情で想うまま行動して来た。
勢いが落ち着いてしまい、思考でモチベーションを探ると、そもそもモチベーションが希薄。
でも…なんだろう、このもやもやは。何が私にとって正解なんだろうか。
もやもやしたまま生きるのが正解なのか…それとも、…
私はあの時死ぬべきだった。
清華に負けた時、死ぬべきだった。
もしくは…美音ちゃんが死んだ時…
うわあああん
私は泣いた。
近所迷惑も気にせず大きな声で泣いた。
しばらくして泣き止んだ私は寝た。
そして次の日
早朝目を覚まし、仕事に行かなくてことに気づきまた寝た。
次に起きると昼過ぎだった。
そうだ…
マーシーさんに連絡しなきゃ。
新店の件の返事しなきゃ。
私はマーシーさんに電話した。
繋がらない。
電源切ってるのか、電波が届かない所にいるのか…
私はメールを打っておいた。
誘ってくれてすごい嬉しかったけど、やっぱり迷惑はかけたくないと。
でも…一緒に働きたいです。働かせて下さい。よろしくお願いします。
と。
私は…何だかんだ強がったり一匹狼気取っても結局…人に頼って生きている。
差し伸べてくれた手に、弱々しくも必死に
しがみついて生きてるんだ…
私のことを恨んでる奴がもし、店を荒らしにやってきたら、追っ払ってやる。私は清華より弱い。けど、そこらのチンピラからならきっと守りきれる。
プルルル
あっ
マーシーさん!
もしもし!
あっ あのっメール見てくれましたか?
ざざざざ…
憂…そのことなんだけどな…
もしもし?
なんか波の音が聞こえますね。マーシーさんどこいるんですか?
ああ、聞こえるか。今、目の前に海が広がってるよ。
海行ってるんですか。
実はお前に謝らないといけないことがあるんだ。
えっ
店出す話、なくなったよ。
えっ!
俺は将来店出す為に若い頃から600万貯めてたんだ。
1ヶ月前、共同出資で店やらないかってある男に誘われてな、そいつに金渡したら金持って逃げられたよ。
!
私は言葉が出なかった。
バカだろ俺。
ほんと情けない。
マーシーさん!
大丈夫です!僕がそのお金、取り返してみせます!そいつなんて名前ですか?
いや、いいんだ。もう。それはもういい。
ただ、お前にはちゃんと謝っとかないとって思ってな。
マーシーさん!そいつの名前教えて下さい!頼みます!
史朗っていってたな。
確か二階堂…史朗
二階堂!
二階堂とは飲み屋で知り合ってな。よくおごってくれたりいい女紹介してくれてたんだ。今思えば全て俺を騙す為の餌だったんだよ。
憂…お前はいい奴だよ。店出すのは流れちまったけど、お前とはいつかまた一緒に働きたいな。
潮風が冷たくなってきた。そろそろ帰るから切るよ。またな。
マーシーさんは電話を切った。
マーシーさんと会話をしたのはこれが最後だった。
この後マーシーさんは飲酒してバイクに乗り、海岸沿いのカーブを曲がり切れずガードレールを突き破って海に転落して帰らぬ人となった。
私はそのことを次の日ローカルニュースで知った。
私はマーシーさんとの電話を切った後、二階堂の部屋に行った。
既に標札は取られてなくなっていた。裏からよじ登りベランダに入ると、
窓から覗く部屋はカーテンもなく、家具も何もかもなくなっていた。
既にもぬけの殻だった。
私は不思議と
二階堂や清華に対する怒りはなかった。
ただ一つだけ
清華も二階堂もこのままにはしとけない。
私がこの手で。
奴らを裁く。裁けるかどうかじゃない。
裁く。
もう嫌だったんだ。これ以上大事な人がいなくなるのは。もう嫌だった。もう、絶対。
なのにまたいなくなってしまった。
マーシーさん…
帰り道
いつか行った百円ショップを通りかかった。
マーシーさん…
あの時言ってくれた言葉を思い出した。
マーシーさん…
あああああ!
うわあああん!!
続く。