Concert memory
石川県立音楽堂

 オーケストラ・アンサンブル金沢の「ファンタスティック」シリーズ。今回は「トランペットの祭典」と題し、セルゲイ・ナカリャコフ、松井秀太郎、西村大地という世代も個性も異なる3人のトランペット奏者を迎えた。指揮は中田延亮。

 プログラムは、ヘルテル《トランペット協奏曲第3番ニ長調》、ジョリヴェ《トランペットとピアノのためのコンチェルティーノ》という正統派の作品から、ナカリャコフによるチャイコフスキー《ロココ風の主題による変奏曲》(フリューゲルホルン版)、アーバン《ヴェニスの謝肉祭》、さらに松井秀太郎自身の作品とジャズ・アレンジ版《ハイドン:トランペット協奏曲》まで、多彩な内容で組まれていた。

 第1部の西村大地は、ヘルテルでは端正な様式感を保ち、ジョリヴェでは鋭敏なリズム感と鮮やかな音色で作品を引き締めた。ジョリヴェは緊張感と歌心が高い次元で両立していた。しかし、それを支えるオーケストラの足取りはのっそり、アンサンブルも終始すっきりしない。中田延亮の指揮は、西村の前へ進もうとする音楽との間に少なからぬ温度差が生じていた。本来ならば、より伸びやかな演奏になったのではないかと思わせるだけに惜しい。

 第2部のナカリャコフは、やはり別格であった。フリューゲルホルンによるチャイコフスキーでは、美しい音色で長い旋律を自在に歌い上げる。続くアーバン《ヴェニスの謝肉祭》では、超絶技巧をいとも容易く聴かせながら、一音一音の粒立ち、音程、音色の統一感はいずれも驚異的である。まさしく世界最高峰の演奏と言って差し支えない内容だった。ただ、これほどの独奏に対し、やはりオーケストラは最後まで受け身に終始し、伴奏以上の存在にはなり得なかった。

 第3部は松井秀太郎。ハイドンの協奏曲が始まったかと思えば、中盤からジャズ・コンボが加わり、一転してクロスオーバーの世界へ入る。オーケストラもビッグバンド風のサウンドに切り替わり、会場は大いに沸いた。こうした企画は近年珍しいものではなく、それも一定の集客効果も期待できるからなのだろう。

 全体を通して感じたのは、企画性ばかりが前面に立ち、肝心の音楽が置き去りにされていたのではないか、ということである。世界のナカリャコフ、若手のホープ西村というソリストを迎えながら、その持ち味を最大限に引き出せたとは到底思えない。その責任はやはり指揮者にあるのではないか。

 企画の主催者ももう少し奏者へのリスペクトが必要であったのではないだろうか。話題性のある企画を立てること自体は悪いことではない。しかし、ソリストへの、オーケストラへの敬意とは、華やかな顔触れを揃えることではなく、彼らが最良の演奏をできる環境を整えることにある。良い音楽は関係各所との信頼関係の上で作られるのだから。