Concert memory

             フェスティバルホール


 ロバート・トレヴィーノが客演し、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番(ソロはゲニューシェネ)とショスタコーヴィチ交響曲第11番を指揮する


 まず前半のプロコフィエフであるが、これが頗る素晴らしかった。ゲニューシェネのピアニズムは硬質にして強靱。鋭利でダイナミック、それでいて決して力任せではない。響きは終始整然としており、透徹した透明感と品格を失うことがなかった。そのため、第2楽章をはじめとする抒情的な場面も実に美しく響いていたのである。

 その独奏に対し、トレヴィーノの指揮もまた鋭敏で機敏。独奏との呼吸は見事に一致し、作品の持つリズムの面白さや推進力が鮮やかに浮かび上がっていた。両者の音楽に対する志向は極めて近く、相性の良さが際立った演奏であった。

 ショスタコーヴィチ《人形の踊り》より「おどけたワルツ」をソロアンコールで披露したが、これがまた良い。オルゴールのような機械的な響きで始まり、途中からゼンマイ仕掛けの人形が動きを乱すようなユーモラスな音楽へと変化してゆく。作品の性格を見事に描き切った演奏であり、ゲニューシェネの豊かな表現力を改めて実感した。

 後半のショスタコーヴィチは、期待をさらに上回る名演であった。冒頭は必要以上に冷たさを強調せず、豊潤な響きの中に静かな緊張感を宿している。そして音楽は徐々に力強さを増し、作品の性格を率直に描き出していった。

 今回の白眉は、第2楽章のフガートから「血の日曜日事件」を描く場面である。オーケストラは全力で鳴り切り、まさに阿鼻叫喚というべき凄絶な音楽を築き上げる。その中に、崩れない秩序だったものが感じられ、かえって音楽の苛烈さと恐怖を際立たせていた。

 終結部では鐘の余韻がホールに長く漂い、その響きが完全に消えるまでトレヴィーノは指揮棒を下ろさなかった。客席も静寂を守り続け、完全に鐘の音が消えたあと、盛大な拍手とブラボーが飛び交った。