
名作と誉れ高いこの一冊、まだ読んだことがなかったので開いてみた...が、なんて傲慢な物語だと心底不愉快な気持ちになった。
"大切なものは目に見えない"が素敵な言葉として独り歩きしているだけの本だ。
このフレーズが登場した時さえも、白けきった気分だった。
この物語は「幼少期に大人の無理解に辟易した」現パイロットのぼく(年齢t的には大人)と、「純粋無垢な」星の王子さまとの心の交流が描かれる。
作中では悉く性善説ならぬ、「こども」絶対善説、というか「大人」悪説が敷かれる。
大人は世の中の本質、「ほんとうにたいせつなこと」に対する感受性が鈍くなった愚かな存在として描かれる。大人が大切にしていることは極めて表面的であり、形骸化した無意味なことばかり…ということだ。また、"先入観と固定観念にしばられ"て、物事の本質を見抜くことができない、と。
しかしこの「ぼく」や「王子さま」は、「わかってもらえない私」を盾に他者に対して非常に傲慢な態度をとりつづける。
たとえば、王子さまが出会った人たちのエピソード。
ひたすら足し算を続けるワーカホリックなビジネスマン、小惑星に住んで昼夜街灯を点灯する点灯夫の2人に出会う。王子さまはビジネスマンを「無意味な数字に囚われるくだらない大人」と軽蔑し一瞥もくれないが、点灯夫を「美しい明かりを街にもたらし、世のためになる素晴らしい仕事をする大人」と一目を置き、敬意を持って話しかけるが点灯夫は「この仕事は単に規則だから」と本人はそっけない。
星の王子さまはビジネスマンが計算する「数字」が何であるのか、その「足し算」にどのような背景があるのかそこまで思いを馳せることはない。一方で、街灯すなわち「明かり」、ぴかぴか光る「美しさ」にはずいぶんと興味があるようだ。このケースは単純に、星の王子さまが「計算」に興味がなくて「街灯を点ける」ことに個人的な感慨を感じているだけで仕分けされた好き嫌いであり、これこそ彼が「忌み嫌う」"偏見と先入観にしばられた""何も分かってない""大人"そのものではないか?
また、ひとつの対象にたいして特別な思いを持つ(=飼いならす、絆を結ぶ、と表現)ことで、豊かな感情を持てる…という場面が登場する。
星の王子さまは、自分の星にたった1つ咲いた美しいバラ(女性に擬人される)と絆を結ぶことを考える。そのバラはツンデレ気質のたいそう扱いづらい性格で王子さまも手を焼いていたのだが、バラと離れて旅を続けるうちに彼女(とあえて書く)の唯一性に気付き、思いを深めていく。旅先で出会った大勢の見ず知らずのバラたちに出会った時にその瞬間は訪れる。
すると王子さまはこう語りかける。
君たちは僕のバラとは全然違う、君たちはキレイだけどまだ中身がない。
(僕はあの一輪のバラのために死のうと思えるけれど)だれも君たちのために死のうとは思わないはずだから。
君たちを全部合わせたとしても、僕のバラにはかなわない。
あのバラはたった一輪でも、君たち全員よりも重要なんだ
傲慢さが炸裂した瞬間といえるだろう。
なぜ一輪のバラを特別扱いするために、わざわざその他のバラ達を傷つけるようなことを言うのだろう。これが心底許せなかった。自分の好き嫌いだけで相手に対する態度を変える、しかも好き嫌いを仕分けする基準が「美しさ」。それが星の王子さまの正体だ。
本当に大切なことは目に見えない。ハートで感じなければいけない。としたり顔で言う二人に、心底白けきった気分で本を閉じた。まずは五感で伝わること・・・自分から発せられることばの重みを見直すことが先だろうに。
11月上旬に、四ツ谷にある赤坂迎賓館の庭が一般開放されていたので行ってきた。
石畳に映る、門扉の影も気に入った。








