funta(ふぁんた)のブログ -76ページ目

ものすごくショックな写真

 前回のブログに書いたとおり、福島県いわき市の避難所にてライブを行いました。


そのあと、運転手の計らいで、小名浜の市街地や海岸通りをバスで走った事はお伝えしたとおり。


市街地はすごく分かりやすかった。人の気配がなく、家屋が明らかに崩壊してたり、レンガや瓦がはげ落ちてたり、ガラス戸が破られて屋内が泥だらけだったり。


 しかも、表向きなんともない家と、全壊した家が並んでて、やはり家の作りや築年数でこんなに差ができるんだなぁと妙に納得。


 ただ、海岸通りはちょっと分かりにくかった。

 アスファルト色ではなく、汚泥の色に染まった産業道路が延々と続き、大きなコンビナートや工場地帯が並ぶ風景は本当に無機質。運転手さんが「あー、かなり片付けられてますね」という通り、何も無い道路の脇に時々瓦礫の山が見える。


 初めて訪れた場所だし、正直ここが以前はどういう場所だったのかが想像できないだけに、「あー、なんか泥だらけでフェンスも倒れて大変だぁ」という感想。傾いた木々やフェンスはあれど、完全に倒された木々やフェンス、大きなゴミ(車や瓦礫など)もほとんどなく、洪水で持って行かれたのか、ボランティアや行政が大変な思いで片付けてくれたのか、よくわからない。


 とにかく、「泥にまみれた殺風景な工業地帯」という印象。


運転手さんが数週間前に訪れたときは、もっとゴミやら車やら材木やらが散乱していたらしい。


ところが、海外のメディアがこれを明確に示しているのを発見しました。


NYタイムスのレポート


これ、震災前後の衛星写真を並べて、マウスを使って写真をペロンとめくるように前後を比較できる。

ものすっごく分かりやすい。というか、かなりショック。ああぁ、ここまでひどかったんだ。地形(海岸線)が完全に変形してる。これは日本地図も更新しないと行けないレベルだ。


 そんななか、「Iwaki aria」の文字を発見。まさに我々が訪れた「福島県いわき市」の写真。


本当にひどい。更にショック。ここを我々はバスで走ってきたのか。


 本当に、改めて心よりお見舞い申し上げます。いわき市、また行きたい。もっともっとたくさんの支援物資持って。


P.S. 今あらためてこのサイトを触ってみたけど、震災前の写真に対して、境界線を左から右(東から西)に動かすにつれ現れる震災後の写真。なんか自分が津波を起こしてしまったような感覚になって具合が悪くなった。