(1)5浪で京都大学法学部に入学した女性

 

 5浪で京都大学法学部に入学した女性の記事がありました。

 

 「京都大学法学部に合格するために5浪すること」の是非について、あなたはどう思いますか?

 

「5浪京大」彼女の合格導いた"80歳恩師"との別れ 予備校を転々としていた彼女、恩師の教えとは (msn.com)

 

 

(2)中学受験の悔しさを晴らすために京都大学法学部を志望

 

 Aさんは、中学受験をしましたが、第一志望と第二志望の中学には落ちてしまい、第三志望の中高一貫校に入学しました。

 

「自分が中学受験で第1志望・第2志望に落ちたとき、一緒に受験した友達や塾の先生たちに『やっぱりな』と見下されたような気がしたんです。

だから、当時の悔しさを挽回するには東大か京大しかないと思っていて……。関西(の人間)でしたし、京大のほうが面白そうだなと思って志望しました。推薦で受けた某外国語大学には合格したのですが、第1志望以外考えられなかった私にとって、そこ(京大)に行かなければ生きている意味がないと本気で思っていたんです」

 

 Aさんは京都大学法学部を現役の時から受け続けましたが、合格できませんでした。

 

 1浪の後期試験で受かった大阪大学外国語学部に入学したものの、3日で休学しました。その後予備校を転々としながら仮面浪人を続けました。

 

 Aさんは、苦手だった数学の成績が足を引っ張り続け、浪人の年数を重ねてしまいました。

 

 2浪時代の模試ではたまに京大でD判定が出るようになったそうですが、相変わらず数学が足を引っ張り、成績が大きく上がることはありませんでした。センター試験は82%と上がったものの、京大には手が届きませんでした。

 

 ためらいなく3浪を決意したAさん。「後に引けなくなった」と語る彼女は、予備校を、代ゼミのビデオコースに変えて試行錯誤をしますが、なかなか結果につながらず、精神的に追い詰められていきます。

 

 3浪目もセンター試験で84%を記録したものの、またしても京大の合格は掴めませんでした。

 

(3)医学部専門の予備で運命の出会い

 

 4浪目に突入したAさんは、悩んだ末に、この年は医学部専門の予備校に通うことに決めます。

 

「多浪生も多く通っている予備校のほうがいいかなと思って選びました。勉強で頭打ちになって困っている人が、なぜ成績が上がらないのかがわかる先生がいるのではないか、と思ったんです」

 

すると、Aさんは、この予備校で運命の出会いを果たします。

 

「京大数学に対応できる考え方を教えてくださる80歳の先生に巡り合ったんです。先生がテキストを作ってきて、その問題を先生の前で1から解き、解いている状態を先生が見るという形式の授業でした。

 

 私は要領が悪いアプローチや、計算の仕方をしていたみたいで、『この計算の仕方のほうがいいよ』と教えていただけました。

 

 また、私は公式を丸暗記するのが苦手なのですが、その公式を証明したうえで、その考え方がどこからきているのか、本質を教えてもらえたのです。『もし公式を忘れても、忘れたときは1から自分で証明して導いたらいい』と言ってもらえて、こんな考え方ができる先生がいるんだとびっくりしました」

 

 80歳の先生との出会いのおかげで、数学の偏差値が大きく上がり、偏差値70くらいになってきたAさんは、ついに初めて京大オープン模試でA判定を獲得します。

センター試験でも86%を獲得し、「この年こそいけるかもしれない」と思った彼女。しかし、残酷にも合格最低点から30点足りずに、5度目の不合格を突きつけられてしまいました。

 

 この年は「さすがに落胆した」と語るAさん。一方で、あと1年やれば受かるという希望も持てたようで、受験終了後に80歳の先生と食事に行き、「来年も頑張ろうね、春になったら連絡ちょうだい」という話をします。しかし、これが彼女と先生との最後の会話になりました。

 

「春になって、また先生のもとでお世話になろうと思って連絡したところ繋がらず、予備校に問い合わせたら、先生がお亡くなりになったと言われました」

あまりにも突然の報せに驚いた彼女でしたが、それまでに先生から学んだことを生かして、キープとブラッシュアップをすることで、この年こそ必ず合格しようと誓います。

 

「今まで私が落ち続けたのは、計画性がなく要領が悪いこと、時間があるせいで余計なことを考えてしまうことなどに大きな原因があると思いました。

漫然と塾に通っているだけで安心していて、なぜ点数が伸びないのか、数学ができないのかを突き詰めて考えられていなかったなと思います。

だから5浪目は、9時〜10時 数学の自習、10時〜10時半 塾への移動、10時半〜12時半 個別指導……というふうに10分きざみのスケジュールを作って、忙しい生活を送るようにしました。そうすると、マイナス思考に陥る時間が減って、前向きになれました」

 

(4)5浪目で京都大学法学部についに合格

 

「阪大の休学が4年目に突入して最後の年になっていたこともあり、この年でだめなら諦めて阪大に通おうと思っていた」Aさんは、5浪目を最後の挑戦にすると決めていました。この年は、受けた模試で京大はほぼ全部A判定だったようで、センター試験も88%を記録します。この年こそは受かると思った彼女でしたが、2次試験の1日目に受験した数学がまったくできずに落ちたと思ったそうです。

 

「京大は大問が6つ出題されるのですが、1完(1問完答)すらできませんでした。多分落ちたと思って、その日は布団の中で泣いていました。でも、阪大に行こうという覚悟も決まっていたので、なんとか切り替えて2日目をいつもどおりこなしました」

数学以外はいつもどおりできたと語るにこにこさんでしたが、それでも落ちただろうなと思っていたそうです。

 

 合格発表も「一応確認しておこう」と思っていましたが、いざ見てみると夢にも思わなかった自分の番号が目に飛び込んできて、とてもびっくりしたそうです。

 

「信じられませんでした(笑)。嬉しいというよりは、やっと終わったという感じでしたね。迷惑をかけた親に報告すると、すごく喜んでくれたのでよかったです。終わってみれば合格最低点を30点上回っていたのですが、おそらく数学で部分点を結構もらえていたのが大きいと思います。

 

 京大の数学は、解答だけじゃなくて、一緒に配られる計算用紙に書いてある計算過程・思考過程も点数に入れていると80歳の先生に聞いていたので、今までは省略しがちだった部分をきっちり書いたから合格できたのかなと思います。ここまで浪人させてくれた親と、先生には感謝しています」

 

 

(5)官僚になる夢は『2浪までが限界』との公務員試験の現実により断念

 

 「私は高校生のときから、歴史認識問題を解決したいとの思いがあり、ずっと官僚になる夢がありました。でも、『2浪までが限界だ』と就活の予備校で散々言われてきて、何回も自信をなくしました。

 

 もし今官僚になるのが厳しくても、違う方向からアプローチすればいいと思っています。『国際社会の平和や人権を守る法曹になる』という目標に向けて、7月の司法試験の予備試験に向けて勉強しています」

 

 「浪人がこんなにしんどいことだと知らなかった」と激動の5年間を振り返った彼女。そのつらい経験や、恩師との出会いで得た忍耐力・思考法があったからこそ、夢を再構築し、現在を前向きに生きることができているのだと感じることができました。

 

Aさんの浪人生活の教訓:ミスする性格が直らなくても、考え方一つで減らす工夫はできる

 

 

(6)京都大学法学部にこだわるべきではなかったのでは?

 

 官僚や法曹の仕事は京都大学法学部でなければならないことはないと覆います。

 

 大学にこだわるのではなく、現役あるいは一浪時に入れる大学で官僚あるいは法曹の仕事を目指せばよかったのだと思います。

 

 京都大学法学部にこだわってしまったおかげで、Aさんは自らの可能性を狭めてしまったのではないでしょうか?

 

 個人的には法学部志望なら、現役時代に入れる大学に入学し、法曹資格を目指すのなら在学中から予備試験を受けるための勉強を開始し、在学中に合格できなかったら法科大学院に入学すればよいでしょうし、官僚を目指すのなら国家公務員総合職の勉強を1年生の時から始めればいいと思います。

 

 大学にこだわるのは賢明ではないと思います。