ニーバーの祈り(セレニティ・プレイヤー)と呼ばれる言葉があります。

 

神よ

変えることのできないものを受け入れる平静さを

変えるべきものを変える勇気を

そして、変えることのできないものと変えるべきものを識別する智惠を

私たちに与えてください

 

 発達特性に関することで、この言葉を考えてみたいと思います。

 発達特性に関することでも「変えることのできないもの=変えることが難しいもの」と「変えるべきもの」とがあります。

 

 宿題の取りかかりが悪い子、部屋の片付けができない子、かっとなると手が出てしまう子などの行動は短期的に変えることは難しいと思った方がよいと思います。ペアレントトレーニングにあるように「増やしたい行動はほめて、減らしたい行動は大目に見る」必要があります。これらの行動に怒っても状態が悪くなるだけです。現状では特性に基づく行動のように、変えることのできないものを受け入れる平静さが必要です。また、怒るという行動理論からいって好ましくない行動は変えるべき勇気が必要なのだと思います。

 

 一人一人の特性はどうでしょうか。行動の積み重ねにより、特性はある程度は変わりますが、特性を全く持たなくなることはないと思います。特性を変えることは難しいのだと思ってください。「大きくなれば普通になる」「うちの子はやんちゃなだけ」などと特性を受け入れない保護者の方がいます。しかし、変えることの難しい特性を受け入れる平静さがないと、親の行動も変えることができません。通常のしつけでは当然とされる親の行動も、発達特性の強い子にとっては好ましくない場合があるのです。

 

 「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる」というエリック・バーンの言葉があります。大まかにはこの言葉の通りなのだと思いますが、異なる側面もあると思います。過去の出来事の内容は変えられないけれど、その解釈の仕方は変えることができます。大きな失敗をしても、それを取り返しのつかない失敗として過去の自分の選択や行動を悔いるだけで終わるのか、それらを教訓として新たな挑戦を行うかによって、過去の出来事の自分に与える影響は変わると思います。

 

 他人の行動は自分だけでは変えることが難しいかもしれないけれど、相手に配慮した行動を続けていれば、相手の行動も変わるかもしれません。また、相手の行動を自分がどのように解釈するかによって、自分の受け取り方も変わってくると思います。他人と過去も自分に対する影響はある程度は変えられるのだと思います。他人と過去の影響を、よりよくする努力をすべきなのだと思います。このような際に認知療法的なアプローチは有益です。

 

 同様に自分や未来を変えられると言っても、自分の能力や特性、環境、他人や社会の動向などの影響によって、変えることのできることと変えることが難しいことがあるのだと思います。これらを区別する智惠が必要なのでしょう。

 

 それぞれに必要なことは、何が変えられることで何が変えることが難しいことなのか、何が変えるべきことなのかを、一つ一つ、その時々で区別して、実行に移していくことなのだと思います。

 

 ニーバーは神学者なので、平静さ・勇気・智惠を神に求めました。神に求めたくなるように困難な道だとは思いますが、子どもたちもそのご両親も自分たちの力でこれらの平静さ・勇気・智惠を身につけていっていただければ、と思います。