セナです。

 

今日の話は、少し重いかもしれません。

でも、もしあなたが「自分はダメな人間だ」って思ってるなら、 最後まで読んでほしいです。

 

 

僕も同じことを思ってた時期があったから。

そして今日の話が、あなたの心を少しでも軽くできたら嬉しいです。

 

 

今日は、僕の人生で忘れられない出来事を話そうと思います。

 

 

 

25歳の時、ADHDの診断を受けた日のこと。 そして、それを母に伝えた時のこと。

 

 

僕は新卒でWEB広告代理店に入社しました。

 

 

仕事で数字は出せる。成績も悪くない。

でも、それ以外が絶望的にダメだった。

 

 

事務作業ができない。

書類の整理ができない。提出期限を守れない。メールの返信を忘れる。

「なんでこんな簡単なことができないんだ」 上司に何度も言われた。

 

 

 

集中ができない。

会議中、話を聞こうとしても意識が飛ぶ。 気づいたら別のことを考えてる。

「ちゃんと聞いてる?」って冷たい目で見られる。

 

 

 

そして、一番しんどかったのがオフィスで流れるBGMだった。

 

 

普通の人には心地いいはずの音楽が、僕には苦痛でしかなかった。

 

 耳から脳にずっと刺激が入ってくる感覚。

 

 

集中したいのに、音が邪魔をする。

 

イヤホンをつけたいけど、それも許されない環境だった。

 

 

我慢に我慢を重ねた。

 

 

「みんなできてるんだから、僕もできるはずだ」 そう言い聞かせて、毎日耐えてた。

でも、限界が来る。

 

 

突然、爆発する。些細なことで感情が抑えられなくなる。

 

 

後から冷静になって「なんであんなに怒ったんだろう」って自己嫌悪に陥る。 その繰り返しだった。

 

 

25歳の時、もう限界だと思って精神科を受診した。

 

 

「もしかしたら、何か理由があるかもしれない」 そんな淡い期待を持って。

 

 

診断結果は、ADHDだった。

先生は淡々と説明してくれた。

 

 

「注意欠如・多動症ですね。あなたの困りごとは、脳の特性によるものです」

帰りに、アトモキセチンという薬をもらった。

 

 

診察室を出た後、なぜか涙が出そうになった。

「僕は、ダメな人間じゃなかったんだ」

でも、次の問題があった。

 

 

母に、どう伝えるか。

その日の夜、電話で母に伝えた。

 

 

「お母さん、今日、病院行ってきたんだけど」

「どうしたの?」

「ADHDって診断された」

 

 

電話の向こうが、しばらく静かになった。

 

 

そして、

「……私のせいだ。ごめんね」

母の声が震えてた。泣いてた。

 

 

「お母さんのせいじゃないよ」

僕も涙が出てきた。

 

 

母は、僕を育てるのにすごく苦労したと思う。

 

 

「なんでこの子は言うことを聞かないんだろう」

 「なんでこの子はじっとしていられないんだろう」

きっと、何度も悩んだはず。

 

 

 

そして今、ADHDという診断を聞いて、

 「私の育て方が悪かったんだ」 そう思ってしまったんだと思う。

でも、違う。

 

 

 

ADHDは、育て方が原因じゃない。脳の特性だ。 誰のせいでもない。

 

 

 

母には、本当に感謝してる。

 

 

僕みたいな扱いにくい子供を育ててくれた。 

 

何度も爆発して、何度も迷惑をかけたのに、見捨てずにいてくれた。

それなのに、母に罪悪感を持たせてしまった。 それが、すごく申し訳なかった。

 

 

あの電話の後、僕は母に何度も伝えた。

「お母さんのせいじゃない」 「むしろ、感謝してる」

時間をかけて、少しずつ母も理解してくれた。

 

 

 

今では、「診断を受けて良かったね」って言ってくれるようになった。

もし今、ADHDの診断を受けて親に伝えようか迷ってる人がいたら。

 

 

 

正直、親の反応は予測できない。 

泣く人もいる。怒る人もいる。否定する人もいる。

 

 

 

でも、時間が経てば理解してくれることもある。 

 

すぐには無理でも、少しずつ伝えていけばいい。

 

 

そして、もし親が自分を責めてしまったら、

「あなたのせいじゃない」 「むしろ、感謝してる」

それを伝えてあげてほしい。

 

 

 

診断を受けたことで、僕の人生は変わった。

「自分がダメなんじゃない」って分かった。

 

 

 「脳の特性に合わせた生き方をすればいい」って気づけた。

 

おかげで今は好きで得意な仕事で独立をして自由な時間をもって働けている。

 

 

今、こうして自分のペースで働けてるのも、 あの時、診断を受けたからだと思う。

 

 

あの日、母と泣きながら電話したこと。

辛い記憶だけど、大切な記憶でもある。

 

それでは、また。

 

セナ