ADHD~少年・8歳~ -19ページ目

注意欠陥1

頭の中の情報処理がうまくできないというか

混乱しているといおうか、


目の前に現れる新しい刺激に対して次々と反応していく彼。


ゆえに

興味のある事が目についたら今やっていることを忘れるし、


ちなみに

ふたつのことはいっぺんに処理できない。


彼は、0歳から就学前まで6年間保育園に通ったが、

自分で通園カバンを持っていくことができたのは一度きりだ。


就学前の年、

玄関の扉に大きく

「カバンをもっていく」と張り紙をしたその日限り。


次の日からは、その張り紙の存在を忘れてしまい

(目にも映らない)

結局卒園まで何も持たずに家を飛び出していた。


小学生となった今でも

ランドセルも何ももたず

手ぶらで学校に向かうことがたびたびある。

(ちなみに徒歩通学なのだが

なぜか車の後部座席に乗り込むことも

これまたしょっちゅうである)



病気2

彼は、とにかくいろんな病気に次々とかかった。


半年間、溶連禁感染症にかかり続け、髄膜炎(だったか)の

疑いありきで入院したり、

原因不明の紅斑が体中に出たり、

なぜかしょっちゅう、目の周りにじんましんが出るわ、

アレルギー体質で鼻炎・結膜炎に間なしにかかるわ、

先述のとおり中耳炎が慢性化するわ切開するわ、

難聴の疑いありきで大学病院に通うわ、

風邪をひくたび、即、おう吐と下痢のラッシュになるわで、


いつも家中がおう吐物だらけで

ウ○チのついたパンツをしょっちゅう洗っていた

(す、すいません、興奮してちょっと表現が過剰になりました( ̄_ ̄ i)


乳児医療が切れてからは

彼の診療代で家計は火の車、



病気をするたびに

だんだんと「またか」という思いになり、


かわいそうだとか、そういう気持ちすら薄れて

うんざりした思いにかられていた。


人間らしい心が遠ざかるほど

私は疲れ果てていた。





病気1

免疫不全なのではないか!


と思うほど、ひっきりなしに病気をしていた彼。


彼が8か月の時に母は仕事を始めたのだが、

それから1か月おきに5回も入院した。


扁桃腺肥大のせいもあるのか

気管支炎をこじらせて→肺炎のパターン。


しかもその都度熱性けいれんをおこした


真夜中にけいれんする彼を抱えて

夜間の救急病院に駆け込み、

そのまま緊急入院。

はじめたばかりの仕事を休むわけにもいかず、

病院で寝泊まりしながら仕事を続けた。


会社の社長からは、ちくちくと嫌味を言われ、

体も心もへとへとになった。


子育てって大変だ。



自分に対して責任を持ち

自立した生活を行うことが大人としての最終形かと思っていた

独身時代の浅はかな私


自立の先には

自分以外の人間の養育の責任を負うという

社会人としての更なる進行形があったということに


遅まきながら気づいた。

(さらにその先には、また誰からのお世話になって終焉を迎える

という未来もあるのね…)


耳鼻科にもしょっちゅうお世話になった。

生まれてから3年間、

鼻水がでっぱなしだった彼

(本当大袈裟じゃなく、鼻水が出ていない日は

ごくわずかである)

週に2~3回は耳鼻科に通院して、

中耳炎による鼓膜切開も何度か経験した。


「耳が悪いんじゃない?」


彼の祖母がよく言っていた。

「何度名前を呼んでも、この子

振り返らないの」。


中耳炎に幾度もかかったために

難聴になったのかと、ずいぶん心配して

医師にも相談したが、聞こえてはいるらしい。


そりゃそうだ。

彼が振り返らなかったのは

注意欠陥の障害のせいなんだもの。


でも当時はそのような理由に気づくはずもない。