多動性2
今度は日常的な多動の様子について。
とにかく
いつもそわそわと体を動かしている彼。
体の中に虫でも這っているのか、という感じで
首を振り肩をゆすり手足をもぞもぞさせ
足踏みをしながら
股間のあたりをさすってばかりいる。
そわそわそわそわそわそわ
ごそごそごそごそごそごそ
知らない人はよく
「トイレ我慢してるの?」
と心配してくれる。
違うの。
彼 えーでいえいちでぃーなの。
と心の中でつぶやくが
発達障害を知らない人に話しても
ドコサヘキサエキサン(??)
か何かの略語と勘違いされるのがオチだろう。
うん。
ひとりごと
人里離れた
だだっぴろい自然の中で
孤立無縁の生活をするなら
ここまで精神を病むことはなかったかもしれない。
でも現実は
なかなかそうもいかない。
地域社会の中で
人と人とのつながり(いわゆる人間関係)を保ちながら
生きていくのが
人間界の原則だ。
人の世で生きるためには
ソーシャルスキルが重要なカギになる
でも
暗黙なる社会の規範を理解したり
人間関係を紡いでいくことが
不得手な発達障害児は
ソーシャルスキルを身につけることが
とても困難だ。
定型発達児なら
意識しなくても自然に身につくことなのに…。
なぜこんなことがわからないの
なぜこんなことができないの、と、ついつい子供を責めてしまう。
発達の過程もいきつもどりつで
身に見えた結果が出にくいだけに
出口のないトンネルを歩いているような気分になる。
やるせなさ切なさ憤り苦しみ…
今の私の心の中には
そんな思いばかりが渦巻いている。
でも、いつかここから抜け出したいという思いも切実なのだ。
5年後。10年後。
私たち親子はどこに向かっていくのだろう…。
多動性1
保育園時代の連絡帳を読み返してみると
多動の顕著な兆候は
すでに1歳代から2歳にかけて現われていたようだ。
「私や物に向って
たたいたり蹴ったりするんですが、
園ではどうですか?」
そんな質問を書いている。
園からの返答は確か…
「コミュニケーションや愛着の表現として
人にぶつかっているのでは…」
というような内容だったと思う。
(母は愚かにもそこで一安心してしまうわけだが、
実は4~5歳児クラスにあがってからが、
本当のこのADHD物語の幕開けとなる。
それはまたおいおい書いていくことにしよう)
物や人に手をあげるのには
心底悩んだ。
「お友達には優しく」
「暴力はいけないこと」
100万回言っても手も足も止まらない。
全くもって発作のごとき衝動的に暴力を振るう。
時には、見知らぬ年上の男子グループに向って
棒きれを振り回しながら突進していったり、
ただ横に並んで座っていただけの級友に
頭突きを喰らわせたり…
𠮟ると
くねくねと骨抜きのくらげのように床に寝ころんで
にやにやと笑っている…
この子は悪魔ではないんだろうか。
いっそこの子の手足がなければ
私はこの子をもっと愛せたかもしれない。
そんな思いが頭をもたげるほど
私は普通の精神状態ではなくなっていた。