《妄想物語番外編》町の小さな写真館 最終章 | みんなちがってみんないい

みんなちがってみんないい

田中圭くんを中心に
過去や現在大好きなもの
日常の中で思う事
発達障害の息子の事
そして
おっさんずラブ春牧onlyで
二次創作を書いています

大好きなものを大切にして
自分と違うものにも
目を向けてみる

皆違って皆いい
好きなものを好きと言おう

『夫と私、実は……高校の教師と生徒だったの…。』

『えっ?』


凌太くんは、顔を上げて、少し驚いたような目を
私に向けました。


『お互い、好きになって……でも世間は、許さなかった。夫は、教師を辞めました。それから夫はいろんな仕事をして、10年くらいかけて、やっとお互いの両親に認めてもらって、でも結婚式は、出来なくて……。記念に一枚だけ、写真を撮ったの。ドレスもタキシードもなくて、でも、持っている中で一番きれいな洋服を着て、一枚だけ…。』


一瞬、凌太くんの顔が、辛そうに歪みました。


『子供も出来て、何とか生活も安定して、幸せだった。でもね……、一つだけずっと、引っ掛かってる事があったの……。夫の教師という職業を奪ってしまった事……。』

『こらこら…。』


夫は、少し苦笑いして、私の肩に手を乗せます。


『私は、生徒に真っ直ぐ向き合う夫が大好きだった。なのに、私を選んだ事で、その大切な仕事を無くしてしまった。』


ずっと夫に、負い目を感じていました。
私は、好きになった側の人間です。
自分で自ら選んだ道なので、
叱咤や制限や社会の冷たい目を受けても、
構いません。

だけど、夫は私に巻き込まれてしまっただけです。
私と出会ってしまったばかりに
余計な制限や世間体の厳しい目に
さらされて苦労させてしまいました。
そのあげく、大切なものを奪ってしまいました。


『ある時、それを夫にぶつけたの。《私のせいであなたは、大好きだった仕事を失ってしまったのよ。》って。』


凌太くんの大きな瞳が、揺れているように見えました。


『でもその時、この人、こう言ってくれたの。《でも、君の事は、失わずに済んだよ。』って。そして、こう続けたの。《だけど、自分のせいで職を失わせたと、君に思わせているのなら、俺は今以上に、幸せな顔をしなきゃいけないって思った。》って。』


夫は、照れ臭そうに、言い訳するように言いました。


『単純にそう思っただけだよ。私の幸せな顔が足りないから、気にするんだろう?私がほんとに幸せだという顔をしてれば、君は、そんな事考える必要もないからね。』


夫は、真っ直ぐな気持ちで、
そう言ってくれますが、
私はずっとどこかで悔いていました。


『ううん、たぶんあなたがどんなに幸せな顔をしてても、私の心の片隅には、ずっと残り続けるものなんだけど、でも……。』


私は自分の幸せの為に、
大切な人の幸せを奪ってしまったのです。
私に会わなければ、
夫はもっと、真っ当な人生を歩めたはずです。

私は、時々不安になってしまいます。
でも、その度に夫は、
穏やかな顔で諭してくれていました。
何度も何度も繰り返しましたが、
夫はずっと、幸せだと伝えてくれるのです。

そうしているうちに、私も気づいた事がありました。


『その時、思ったの。私がずっと悔い続けて、ふと、気持ちが落ちるのをこの人が見ていたら、この人が逆に自分を責めるんだなって。』


夫の変わらない愛情は、
私を少しずつ溶かしていきました。


『もちろん、傷つけた人もいるし、迷惑もかけたけれど……、でもだからこそ、私、ほんとに幸せじゃなきゃいけないと思ってるの。』


今でもまだ、悔いはよぎります。
でももう、夫が幸せだと思ってくれれば
いいのかなと思う方が強くなりました。
もちろん、そう思えるようになるには、
時間がかかりました。

夫は、優しい目をして、私の肩を軽く叩きました。


『私だけじゃないだろう。君だっていろんなものを無くした。友達も…、家族にだって、最初は理解されずに関係を悪くさせてしまった。お互い様じゃないか。』


お互い様……ではないのです…。
でも私は、勝手かもしれませんが、
もし、あの時出会わなくても、
もし、来世で夫を見つけてしまっても
また、夫を好きになってしまうと思うくらい、
今、幸せを感じています。
夫に感謝しています。


気づいたら、勝手な事を
創一くんと凌太くんの前で話していました。


『あら、嫌だわ。なんかいろんな事、ベラベラ喋っちゃって、ごめんなさいね。』


肩に乗せられていた夫の手を取って、
そのまま手を繋ぎました。
二人の事、何も知らないのに、
べらべらと喋ってしまいました。
凌太くんが私達に何を言いかけたのか
わからないのに……。
でも、なぜか、私も夫も
自分達に重ねていました。


『創一くんと凌太くん見てたら……少し似てる気がしたから…。だから…。』


夫と視線を合わせて、頷いて、
2人を見ました。


『二人だったら、きっと大丈夫。』

『そうだね。』


2人に幸せになってほしいと思う気持ちだけでした。
創一くんも凌太くんも
お互いを想っているのですから……。

創一くんと凌太くんは、
お互いに見合わせて、そして、
また私達の方に、視線を戻しました。

2人は、スタジオを出ていきました。


その日の夜、夕飯を娘夫婦と美優と食べた後、
TVを観ていると、
美優がデジタルカメラを持って
ニコニコしています。


『ねぇ、じぃじ、ばぁば、みてぇ!そういちくんとりょうたくん!』

『なぁに?』


デジタルカメラを見てみると、
そこには、創一くんと凌太くんの
自然な笑顔がありました。
思わず、私と夫は、目を見合わせました。


『みゆ!これ、どこで撮ったの?』

『きのう、バスのなかで、とったの!』


まだ、私達と会う前に……。
確か、迷子になったのを
助けてくれたと言ってましたが
その後、一緒のバスに乗ったのでしょうか…。


『もういちまい、あるよ!』


美優がデジタルカメラを器用にスライドさせると、
創一くんと凌太くんの意外な姿を
美優が写していました。


『みゆ!勝手に撮っちゃだめでしょ!』


娘もその写真を、初めて見たようで、
美優を叱っています。


『だってぇ~、ふたりとも、かわいかったんだもん!』


美優は、叱られて、少しシュンとしていました。
夫は、しばらくその写真を見つめて、
呟くように言いました。


『美優は、私達よりずっと、優れた写真家だな……。』


確かに……、この写真は、
私達には、絶対撮れないと思います。


『まだまだ、修行だな。』

『……そうね。』


幸せな二人にもっと近づけるように、
もっと心を委ねてもらえるように、
私達ももっと、自分を磨いていかなければならないと思わされる写真でした。


『みゆ!この写真、借りてもいいかな?』

『うん!いいよぉ!』


ウェディングフォトブックの中に
美優の写真も入れさせてもらうことにしました。


ほんとは、フォトブック作る際には、
二人にどの写真を入れてほしいか選んでもらう事が多いのですが、
今回は、特別な発注だったので、
私と夫だけで選ぶことにしました。
創一くんと凌太くんに、
喜んでもらえたらいいのですが……。


…………………………


創一くんと凌太くんを撮ってから、
早いもので3年経ちました。
美優も8才、小学校2年生になりました。
毎年、年末には3人で帰ってきてくれます。


『おじいちゃん!おばあちゃん!久しぶり!』

『美優、よく来たね!』


でも、美優は、挨拶もそこそこに、
いつもの言葉を口にしました。


『おばあちゃん!創一くんと凌太くんの手紙、来てる?』

『うん。来てるわよ。』


実はあれから、年末に毎年、
年賀状代わりの手紙が届くようになりました。
凌太くんは、海外勤務だということでしたが、
毎年、年末には日本に帰れているのでしょう。

毎年、2人のツーショットの
自撮り写真と共に、
創一くん、凌太くん、
それぞれ一言書いてくれます。
美優が楽しみにしてるので、
昨日届いたのですが、封を開けずにいました。


『おばあちゃん!早く開けて!』

『はいはい。』


封を開いて、まず写真を見ました。
今年は、いつもより、
創一くんが無邪気に笑っていて、
凌太くんも創一くんにいつもより寄り添って
穏やかな笑顔でいるような気がします。


《今年も、2人一緒で幸せそうに写ってる……》


ほっとしました。
美優も写真を一番楽しみにしてるみたいで、
キャッキャ言いながら、見ています。


『創一くんと凌太くん、やっぱり素敵だね!』


美優の言葉が毎年、大人びてくるのを感じます。


『そうね。』


手紙を開いて読みました。


『あら……。』


写真を見て感じた事は、
やはり間違いではなかったようです。
何だか、胸が熱くなって、
泣けてきました。


『おばあちゃん!何で泣いてるの?』


美優の言葉に、夫が近寄って、
その手紙を読みました。
そして読み終わると、泣いてる私の背中をさすって、静かに言いました。


『よかったな……。』



いつもは、それぞれ別に書いてくれる一言が、
今年は、一言だけで連名になっていました。
少し不格好な創一くんの字で…。


《お元気ですか?俺達は、今年も年末年始を一緒に過ごしています。実は!来年の3月、凌太がシンガポールから、帰ってくる事になりました!!!来年の年末、そちらに二人でお邪魔させていただきます!また、写真を撮ってくださいね!【春田創一・牧凌太】》


『来年か……。私もそれまで元気でいなきゃな。』

『はい!』


楽しみが一つ増えました。


『おばあちゃん!明日、三社参りに行くの?』

『ごめん!美優。明日は、お仕事なの。』

『そうなんだぁ…。』


そう、明日は3年ぶりに、
元日から、仕事です。

…………………………


『おはようございます。』

『よく、いらっしゃいました。武川さん。』

『あ……、私みたいな者が、この場所に来れるとは、思っていなかったのですが……。』

『私は、ずっと待ってましたよ。』

『恥ずかしながら……来てしまいました…。紹介します……』



おわり