angoの世の中フラリフラリと -163ページ目

はずれ

数日晴れの予想はもろくも崩れた


海の上の北側ではゴロゴロ様が仕事をしている

なんでしょね
通り雨かな・・・・・

折角テント整えたのに
止んじゃうのか?

風が止んだ・・・・

雨ちょとだ・・

あわてて損した

悠々と急げ
開高健が言ってたな・・・

そういえば茅ヶ崎を素通りしてしまった
開高健の哲学の道を見たかった
開口家の家族は健在か・・・

ちょっとした雨で慌ててはいけなかったような気がする

まだ降りたそうだ
ハッキリしないなぁ


また水色

水色の貼り付けは三度目です
すぐにという事ではないかもしれないけれど
以前の二回と同じような感じになりそうな予感

とりあえず今日の内にアップ

・・・・・・・・・・
話は別ですが
水色はタイ語で
シー・ファア
色・水の順です
あの子はシーファアというと
水色の子ではなく
孤児を指すのです
対は孤児多いです

シーファアのこは
結構素直だったりして
成人前にはしっかり大人の感覚ですね


水色で思い出したタイ語教室

マックが閉まる
電池いっぱいじゃないのになぁ

という事でアカペラの水色




白田の海で 


いつ何処
に居たか記録をしていないからハッキリしないけれど  
多分白田というところだったと思う

夕方テントを張っていると
此処よりそっちの方が風を避けるし良いんじゃないかと言ってくれた親父さんが居

なるほど
そうするかと思って
ちょっとになった

海の様子を見に来た
鳥で魚がわかるだろ?
鳥の目は水深5メートル位まで利きますからね
今日はどうも寄ってないね
海の波の様子もうねりと風と水温とでどう違うなどと話している内に政治になった
きちんと政治を話す人は居るもんだと思った
通りすがりの初対面でこういうのは良いなと

空けて朝
テントをたたんでいると
今度はヘミングウェイが通りすがった
一度軽く挨拶して通り過ぎた後
少し引き返してき

こうして訓練しているのはね
来年喜寿だから四国回ってやるんだ
挑戦だよな
10年前は車で回っちゃたからね
今度は歩くんだ
時間はあるんだしよ
でも
おれは拝まないからね
ただ自分の挑戦だ
人生はさ
若い時に何か好きな事見つけてさ
遣っちゃう方が良いね
企業に入ったってさ
世ほど特殊な知識や技術無いと
不景気になったらそれまでだ
歳くって再就職なんてきついでしょ
賭けだよ
賭けないとね
面白くないだろ
今の若い人は賭けないね
未だに大企業志向があるんでしょ
そんな器量の自分かって事なんだけど若いと判らないんだよ

そして政治の話になる
初対面の通りすがりである

それから宗教の話になる
宗教法人てのは駄目だ
みんな言わないけど
震災で個人で億の寄付する人が居る中でさ
宗教法人は何した?
優遇税制で金ばっかり溜め込んで
誰か死んだら其処から金取るだけで
生きてる人間助けようともしないんだ
まったく酷いよな
でも誰もこれを言えないんだぜ

四国行っても
はんこうペタンの墨でチャラチャラなんてのは要らないんだ
要らないんだよあんなのは

毎年30万人だよ
儲けてるばっかりで助けない坊主ってのはどういう事だい
嫌いなんだ坊主
威張ってやがって
酷いよね


こういうちょっと捻くれって言うのは
どうか知らないけど
良いと思ってんだよ


長くなっちゃたよね
勉強しようやお互いにさ
じゃ
来年だからさ
もう少し歩いて訓練だ

悪かったね
時間使っちゃたよ

何処までか知らないけど気をつけてさ
じゃ

ヘミングウェイは
堂々としっかりと去ったのでした 



オセロ  


色違いの勢力同士の外交は普通オセロだ
囲碁でもいい
オセロほど勝負が早くはないだろうから多分囲碁に近い感覚だと思っていた

高校生の頃の世の中感はそんな事だった
それで日本の役割は
アジア方面での露払い
アメリカがぞろぞろと遣って来る
そんな風なことだろうと

その頃のアジアは今とはまったく違うから
特にそう感じていた様な気がする

それがそうかどうかは兎も角そう感じていた

インドシナ半島にアメリカの影が強く落ちているかというと
少なくとも普通に生活している限り
そうは感じない
むしろ
欧州に近かったし
当然といえば当然の歴史だけれど

アメリカは遠すぎてしかも其処此処での戦争屋で
普通の人には受けが悪い

欧州に対する感覚に対するのは
中国との対比だ
もっと単純にすると

白人とアジア人の天秤になる

日本がウハウハ
この壊れたATMは人気があった
終に叩いても蹴飛ばしても何もでなくなった頃
中国風が吹いてきた

ドイツとタイバンコックバンクの合同出資の筈だった市内の高架鉄道プロジェクトは始まってすぐタイの側が出資を打ち切った
ドイツ資本で本線が作られて
日本はいくつかの駅に出資したのだと思う

ドイツは他に高速道路網にもまるで時刻の道路網の整備のように出資している

アジアの庶民の感覚からすると
日本の出資はアジアの国からの出資ではなく
白人系西側経済圏の出資だ
日本が大陸続きの国だと思う人だって幾らでも居る中でアメリカと日本は対で捉えられている

露払いの役目は果たしていたようだなと思ったものです

元に戻して
出来上がった高架鉄道の車両は当然ドイツ製で揃っていた
10年を過ぎてそれに中国製が混ざった
多分今ほとんどが中国製になっているだろう
走行性は貧弱で揺れが大きい車両で
もちろんドイツ製の車両のコピーである

この春
上海で乗った地下鉄の車両がまさにこのドイツ製のコピー車両であったのには恐れ入った

そろそろ気がついたでしょうけど
この記事にはこれと言った何かがある訳ではない
ただ
思い出しているに過ぎない

アメリカと中国がオセロ風外交
そんな感じの記事が産経にあるけれど
外交はそもそもオセロでしかない

まれに対局せずに
あての側に横に並び
頓狂なゲームを展開するものも居る様だけれど
これは外交とは言わない
既に自分の席を放棄し
相手と嘗て自分の居た席をどうしたものかと策謀しているだけなのだ
その席に取り残された一億余りの者達は
二人並んでこちらを向いている事に気が付いていない

オセロを作った国民は
オセロの遊び方を知らなかった
尤も
裏返れば途端に立場が変わるというのも
確かその通り・・・・



プレーヤーには・・・
なれないのかも知れない

中国とアメリカのオセロ
中国とアメリカのオセロである
日本は・・・
駒の色が微妙である

かな


だろうな



思っているのでした

結果が出るまで生きては居まい
ん4色オセロは面倒なのだろうから



自然界には真っ黒と真っ白は存在しないという原則に沿った話

白である
白の筈だからそれでいいと思う

白と黒を判断する法律を自ら作り
黒になると言うのは有り得ない

法に照らしての白であるという事だと言うだけの事

早くもメディアで
もしを過去の出来事に使い
総理になっていたかもしれないと言い出した

2009年の秋を思い出せば
背筋が寒くなるのでした

無罪と無実は違うという表現は正しいが
法律は事実を判断するのではないという意味でもある

事実など判断されては困る場合を想定しておけば事足りる


法律というのは必ず抜けミチを作らなければならないという基本原理



新人のホームレスの館


昨夜のこの辺り
大雨雷強風波浪注意報が出ていて

気象庁の予報は的中で
嵐のようでした

何しろいい加減なテントと
絶対に本科的ではない装備なので
まだ曇っているうちに
テントとフライシートの間に
もう一枚シートを挟んで
テントを包んだ
しかもの向きに入り口の反対側をむけて張りなおしたのだ

それがいけなかった
よるテントの幅がだんだん狭くなり始めして
ついに半分位までになって
おまけにフライシートの下から風が煽って
おかしな形になってきた

直したところですぐにグチャグチャだろうと腹を括って
儘よと寝たのです
水さえ漏らなけりゃテントですから・・・

気にしたくないので耳栓して

波浪の方は
湾の奥だし
引き潮だったので心配なし

満潮だと
テントは海抜1メートル位ところに張ってあった
波なんかないんだものね
その位の迂闊な事は平気でしますよ

兎にも角にも
雨が続くと思っていたわりには朝には天気が回復して
狭いテントから出て外から見たら

まったく新人のホームレスの館のようで

通りすがった人
ゲゲッ思ったでしょうな
この町には多分そういう風な人は居ないようですから


 

ありがとうの事


たまには柄にも無い事を・・・

ありがとうは
例えば
買い物をしますね
お店の人がありがとうございました
と多分言うのです

買った方だって
気に入ったものがあったり
それを包装したり
手提げに入れたり

そうしてくれた店の人には有難うでいいと思うのです
これをあまり言わないです

買い物をした時は大概そういうので
店の人が驚く事があるくらい多分あまり使われていないのか
そんな事言う様な風体ではないのか

たぶん・・・
どうなのでしょう・・・

売っている方の有難うだけと言うのは
余りも悲しいように思うので

まあ
言ってみれば良くないのです

というありがとうの話

そうじゃない方の有難うという歌





混乱拒否傍観観察


今時はベットの生活だろうに
布団をたたむようにテントをたたみ

布団を敷くようにテントを張り
何しているんだろうと思うようになりましたな

まさに自分が何者で何をしているのかよく判りませぬ



そもそも油絵に屋根はつき物で
こうしている間は絵など描けない訳で
つまり役に立たない作業すら出来ないという事で
尚且つ風景画には一切興味が無いので
風景を見ることでは何も動かされる事は無く
やはり人間観察がすべてで
そういう意味で言うのなら私には都会の人間の方が性に合っていて
都会の仲で動き回る人間たちの姿はいろいろなインスピレーションの源だと思うのです

自然と人間の戦いは過去多くの人が描いてきたし
何故か其処には神が絡むのでその辺りの門外漢には扱い難いのです

そういいながら宗教建築というのは実は興味があって
あれほどに過去の心情を形にしたものは無いだろうという事で

寺もいい
神社もいい
キリスト教建築も時代ごとのキリスト教世界の不安が形になって相当にいい
イスラム建築もいい


宗教に絡む建築は教義と同調したり
怯えていたり
その時代の世相の形だったり
神絵の意識の表現だったりであると思っているから
その周辺に生活する人には私の知らない世界があるわけで

それでも
私はこれに属する事を拒否する
何かに属すればと背と敵対する側との繋がりや興味が失せるだろう

だから其処には居ない自分
というのが意味が出てくる

いつでも何処でも傍観者であり
どこの誰にとっても他所からの来訪者である外人生活というのが性に合っている

自由気ままというのは実に不都合な事ばかりだが
不都合でない事の代わりに差し出すものがどうも納得が行かない

結社という考えは
組織・社会・団体
すべてに通じるものがある
仲間になる儀式がある
大学の新人歓迎の酒
これも儀式だろう

入社すれば
また酒である

酒は儀式に欠かせない小道具であるようだ
無邪気なコンパなどもそうかもしれない
結束の儀式を私は嫌う

儀式など無くても十分に共同体は作れるから

とはいえ
人間は時間の経過の分だけ何かを忘れるものではない
原始的な部族の刺青・割礼
死からの復活の儀式
現代人も忘れては居ないのでしょう

何かの繋がりに付加される意識の確認の儀式
その存在を知り傍観する事は出来ても
それを知る事は出来ても
それに参加できないのだ

人権救済法案


人権救済法案

法相「最優先に取組む課題」


人権侵害救済機関「人権委員会」を法務省の外局に設置する法案   


人権の侵害に対して

法の外で救済するって事でしょう

三条委員会の委員は

首相が指名して解任できない


例えば

普通の言語だったり普通の呼称だったり

状況だった理を差別用語という新しい造語で括っては日本語を整理してきた様な立場の側に更に強大な力をもって

その彼らの主張するところの差別による人権侵害を弾劾しようという事だ


今ですら

自らを被差別民だと自称する輩に  

差別者の烙印を押されて見なさい

人生なんて悲惨です


差別の意思が無いという事は即ち差別者です


被差別者の理論には誰も太刀打ちできない



同和問題は彼らにとって経済問題

在日朝鮮韓国人にとっては差別は益々の権力の糧

政治には十分食い込んでいる自称被差別民組織が

益々の発展の為の法案




馬鹿チョンだとか左ギッチョだとか

ちんばだとか

もう駄目らしいが


韓国人を韓国人といって訴えられる時代が来る

外国人はすべて日本人に優先される社会になる

差別民と言われる一般の人が

立場逆転でビクビクする社会 


3年前

政権交代の前後に

復習の政権

怨念の台頭

そう表現した事はマッタク後悔していない

まさにそうなっているのだし

断末魔に最優先がやはり

これかいと呆れ果てる


被差別民以外は差別民という頓知己な輩達を擁護する必要が何処にあるのかマッタク解らない     


票田だとは言っても其処まで遣られてはたまらない

いっそ

身分制度がきっちりしてさえすれば差別が無くなると思うのだけど

クラス分けの社会は

誰でも彼でもの欲望を抑える効果はあるけれど

特に差別ではない


これに依存があるなら

イギリスが人権問題に発言するのを大いに批判すべし

 


普通に残酷物語


それが広く知られている事かどうかは知りません

少なくとも伊豆半島の山の中で取れる舞茸は出荷出来ないとの事でした
それがどういう事だか知りませんが
ベクレルだとかシーベルトだとかのどっちかが300を超えるのだそうで
100までだったらさ良かったんだけどね
というあのオジサンに100なら無いが良いのかは判らんでしょ

100なら言い訳じゃないけど
我慢だろ100まではさ!

納得です

何かに安全があるんじゃなくて
我慢の数値
何を我慢するのかどうかはハッキリ言いません

一切の我慢はいけないと非現実的な事を言うと
聖者の如くに尊敬されたりする
実に現実に対して非科学的な科学者が居る
ひとつの宗教でしょう
科学である必要は無く感銘と同調で事足りる

最初の政府の情報から腹を括れば
即死しないのだしそういう意味では安全

ありえないお話と
やけくその開き直りがあるのでしょう

無駄な国費の浪費に頑張りながら進まない作業に
他人事ながらに心配になってみたりする偽善

被災地の人が訴えるのは
来て見てください何も始まっていませんから
ほっとかれているのです
産地購買支援の話じゃなくて
その場所が荒れたまま何も始まっていないと言っているのです

何かする政府が出来るのを待つだけしか出来ません

原発付近は特にやくざ者の震災バブルに終止符を打たないと
それが出来る政府にしないと
いたずらに
税金が法務大臣の仲間に流れるだけ
3次下請け4次下請けでは
どこの誰がどうしていつ死んだのかなんて判る訳が無い

判らんほうがいいのだけれど