日曜日に歴史散歩の会で川崎から旧東海道を鶴見、生麦まで歩きました。
道順に写真を載せます。
川崎駅に集合して、旧東海道の川崎・いさご通りを出発

新川通にある小土呂橋の跡。新川通には排水のための川が流れていた。

川崎宿にあった外国人警護のための関所の説明

八丁畷の説明。畷(なわて)とは田んぼの中の道。

市場村一里塚跡。市場村は現在、東京側に市場上町、京都側に市場下町がある。上下をつける場合は、京都側を上にすると聞いていたが、逆になっていた。なぜだろうと考え、上中下に分けたのが明治維新の後だったからだろうと推測した。

鶴見神社の富士塚

旧東海道を外れ、総持寺へ。
総持寺の廊下

総持寺大祖堂

総持寺の御移転百年記念の桜。総持寺は明治になって石川県から移ってきた曹洞宗のお寺だ。

鶴見線の下を歩く。

生麦事件発生現場の説明板。

生麦事件参考館で事件の説明を聞いた。島津久光が江戸に来た帰りに事件が起きたが、なぜ江戸に来たかの説明が浅かった。
私の理解しているのは、以下のようなことだ。
事件が起きたのは桜田門外の変で井伊大老が殺された後であり、幕府の権威は落ちていた。朝廷が幕府に幕政改革を求めるため勅使を派遣したが、その警護を久光が行うという名目で江戸に登った。久光にとって兄の斉彬の意思(幕政改革)を実現した帰りだった。
島津久光については、ブログに書いたことがある。
その後解散し、生麦駅から帰宅。