4月27日(日)に歴史散歩の会で市川市を歩いた。市川市は総武線で千葉県に入った所にある。
本八幡駅(市川駅から東へ一駅)に集合し、午前中は千葉県立現代産業科学館に入った。ここは65歳以上は無料なので分かれて入ったが、参加者の大多数が65歳以上だということが判った。
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中では、放電実験を見たり、展示物を見学して近代産業の歴史や科学的な説明を読んだ。
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昼食後、不知八幡森神社(通称、八幡の藪知らず)へ行った。ここは江戸時代に書かれた地誌や紀行文に載っており、ここに入ると出てこれない所、入れば必ず祟ると言われている。今では裏に家が建っていたりして、その雰囲気はない。
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その後、葛飾八幡へ行った。
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中で桜草の展示会が開かれていた。
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奥に進むと川上翁遺徳碑があり、市川で最初に梨栽培を始めた人の石碑だ。この辺りは米栽培には向かない砂地だったが、梨の栽培で成功した。江戸が近いので盛んになった。
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葛飾八幡宮。平安時代からの神社。
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中に入ると、左手の神楽殿に大きな絵馬がかかっている。
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絵馬の説明板。
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右手に、大きなイチョウの木があり、千本公孫樹という。多くの樹幹が集まっており、江戸時代の江戸名所図会にも登場する。
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葛飾八幡を出て、さらに西方向へ進み、白幡天神社へ。
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この辺りは昔は海岸に近く、梨畑を塩害から防ぐため、黒松が植えられていて、今も道路沿いに並んでいた。
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次にあった諏訪神社も黒松に囲まれている。
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諏訪神社の狛犬。熔岩で土台ができている。
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途中で引率者の先生が蘊蓄を披露。
大阪や京都が県ではなく府であるのはなぜか。東京も前は府だった。
答:政治をする所を府と言った。明治になって東京に天皇が移っても、京都や大阪に戻ってくるかもしれないと考えられた。
後で年表を見ると、東京遷都は明治2年で、廃藩置県は明治4年だった。まだ不安定な時期だった事を物語っている。

道の側にこういった仏の石碑があった。昔からの道であることが判る。
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市川駅に到着。
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駅の傍に45階建てのビルが建っており、屋上へ無料で行けて、展望が楽しめた。

透明なエレベータで登った時の北側の風景。
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江戸川が眼下に望める。
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西向うには江戸川区と東京スカイツリー。
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南西側には江戸川河口。
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北西側には江戸川上流。
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北東方面に流れている川があるが、「真間の手児奈(ままのてこな)」で知られる真間の入江あたりだと思われる。
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今回まで真間の手児奈の事は知らなかったが、万葉集にも詠われる伝説のヒロインだ。
詳しくは以下のリンクを参照してください。
http://www.city.ichikawa.lg.jp/cul01/1511000027.html

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