日本書紀・古事記(記紀)に書かれた神話の部分がどうしてそう書かれたかを想像すると、水田稲作技術を持った弥生人が渡来してきた歴史を反映しているような気がする。 つまり、弥生人たちの祖先から伝わった伝承が神話の基になっているのではないかと思う。
日本書紀に書かれている年代は考古学的な証拠からみて古くなっているが、書いた人にも何らかのイクスキューズがあるのではないだろうか。

以下はあくまで私の想像ですが:

弥生人たちの祖先は海を渡って日本に来たが、その言い伝えが記紀では天孫降臨として美化された。九州に高千穂の峰や高千穂峡があり、その地に伝承が伝わってきたのは、弥生人は九州にまず上陸したからだろう。
そして徐々に東進し、大和に達する。それが神武天皇の東征だろう。

記紀で天孫降臨より前に、出雲の大国主命がこの国を治めたとなっているのは、弥生人が来たのは何度にも渡っているからだ。縄文人がいた国を出雲の国と想像することもできるが、大国主命は天上から降りてきたスサノウの子孫となっており、やはり弥生人だと思われる。弥生人は何度も来ているので、後から来た弥生人の方が進んだ文明を持っており、そのうち鉄の武器や農具をもってくるようになった。それが天孫降臨の時期ではないか。
鉄が伝わると農地の開墾も進むので人口も増え、領土争いも激しくなる。鉄の武器を持ったものの方が戦いには強い。
その戦いを制したのが大和朝廷だった。(出雲も征服された国の一つだった)

なお、弥生人の渡来は最新の学説ではBC10世紀に遡るが、教科書などではBC5世紀に水田稲作や鉄の技術を持ってきたと書かれている。鉄の方はは中国の歴史からして、BC5世紀ころしかありえない。その前の弥生人は鉄なしで水田稲作を行っていた。鉄が来た後、BC2世紀には小国が形成され、徐々に統一が進んでAD3世紀には卑弥呼が連合国の御輿に乗る。そして、古墳時代になる。

日本書紀によると、最初の天皇である神武天皇が即位したのが西暦換算するとBC660年になる。こんなに古くなっているのは、いろいろ対外的な事情があってのことだと想像されているが、日本書紀が纏められた8世紀からみて、祖先が何らかの形で人の上に立った時期のおよその時としてみれば、そんなに的外れではない。
九州に水田稲作が伝わったのがBC10世紀で、BC7世紀には大阪平野でも水田稲作が始まっており、弥生人が来ていたと考えてよいだろう。

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