梅原猛の本を読んでいたら、日本人が縄文時代から持っていた「あの世」感について書いてあった。
「あの世」では「この世」と同じような生活をし、あの世に行けば故人と会える。
ただし、あらゆることが「あべこべ」になっている。完全なのもが悪く、不完全な物の方が良い。
そう信じられていたので、葬式では故人の茶碗を割って一緒に埋めた。
昔のお通夜の絵を見ると、つい立てが逆さにしてある。
着物を裏返しに着ると、死人の真似をしていると言われた。
 
それで思い出したのだが、年を取る過程のどこかの時点で価値観が「あべこべ」になるのを感じた。
若いころは時間がなくて、時間に追われた生活をしていた。効率が第一だった。しかし、年を取って暇になると、時間が余ってきて、時間をつぶすためにいろいろなことをする。効率は無視される。
昔は寿命が短かったので感じることはなかったかもしれないが、それでも長生きした人は同じように感じただろう。
その延長で「あの世」が「この世」と逆になっていると思ったのかもしれない。
 
なお、読んでいた本は、梅原猛「葬られた王朝 古代出雲の謎を解く」でした。
b1958