田原総一朗の以下の記事の中に、韓国の歴代の大統領が在任中に失脚・亡命したり暗殺されたり、退任後に死刑や懲役刑の判決を受けたり自殺したりしているケースが多い(というかほとんどそう)とある。(現大統領もそれを恐れている)
●田原総一朗:野田首相に迫力がないのは李明博大統領の退任後を見ているからか
→  http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20120828/321047/?ml
これを読んで思ったのは朝鮮が中国に倣って科挙制度をとっていたということだ。
科挙は中国では千年を越す歴史を持つ公務員の受験制度で、優秀な人材を国が求め、無能な王族による政治から脱却する意味では有益であった。しかし、一方ではこの試験に合格して役人になると賄賂で大金持ちになれた。また親族にも権力を使って優遇してやることができる。そのため、親族の中で頭のよさそうな人がいると、親族でサポートして受験させる。合格すれば当然その見返りを要求する。中国王朝の分家の立場をとっていた朝鮮でも科挙制度が取り入れられた。
 韓国や台湾で国のトップの妻や息子が収賄で逮捕されるようなニュースをよく聞くが、歴史的にそういったことが当たり前になっていて、そうしないと親族に対して顔向けができなというか、親族のほうが黙っていないのであろう。そういった状況では、たとえ逮捕されても、恥ずかしくはなく、親族の中では英雄である。
 親族の結びつきが強いという例として、司馬遼太郎が聞いた人の話では、韓国では5 代前の先祖が同じ親族からの借金の申し込みは断れないそうだ(今でもそうなのか聞いてみたいが)。今の日本では2 代前の先祖が同じ従兄弟でも借金の申し込みがあっても貸しはしないのではないだろうか。
参考文献:司馬遼太郎「街道をゆく」
 科挙は儒教に基づいた試験であり、古い書物を暗記するほうが科学的な知識より優先されたため、近代化を遅らせた原因になった。また、役人がお金を巻き上げたため、資本家が育たず、資本の再投資に基づく産業の発展ができなかった。そのため、近代では中国・韓国は日本に比べて後進国であった。
 日本でも昔は同じようなものだったという反論が想像される。出発点となる役人の汚職や賄賂が、日本にはないとは言えないが、根底のところで日本の武士の伝統(清貧を尊ぶ)が防いでくれている。明治維新後、政府高官による汚職が広まる気配があったが、江藤新平や西郷隆盛の叛乱のあとは収まったという。もし、明治政府が政治的に産業を育成した際に、役人が汚職をしてお金が有効に使われなければ、明治の産業発展はなかっただろう、と司馬遼太郎は「この国のかたち」の中で言っている。
 
(fr.)b1265