リチャード・ドーキンスの有名な本に「利己的な遺伝子」があり、遺伝子はその乗り物である生物を超越して利己的であることを説明しています。生物自体は死を迎えても、遺伝子は子孫に伝えられるようにします。例えばミツバチでは働き蜂は全て同じ遺伝子を持っており、自分と同じ遺伝子を持った親兄弟を生かすために、自らは死を選ぶことも厭わないわけです。個体としては利他的ですが遺伝子は利己的ということになります。見方を変えれば、利己的な遺伝子だからこそ残ってきたのです。
これだけだと、遺伝子に従って産まれてきた我々は利己的で当然と早合点してしまうかもしれません。しかし、遺伝子にだけ支配されるのは獣であり、人間は脳を持っていて、それに対抗できます。脳は人の恩や恨みを憶えていて、それに基づいて行動するからです。また、脳の中に蓄えられたものを言葉を通して他人に伝えることができ、共感を得て行動を共にします。こうした人の脳から脳へ伝わるものをミーム(文化的遺伝子)といいます。
ミームも遺伝子と同様に、多産、長命、忠実に基づいて繁栄しますが、多産であるためには多くの人を引き寄せる必要があり、多くの人に役に立つ利他性を持っていなければなりません。即ち、そのミームを発する人が利他的でなければならないわけです。例えば、信仰の多くが施しなどの利他性によって信者を得て、信仰自体を広めています。一般的にも、利他的で人を引き寄せる人は徳のある人と思われ、その人の言うことは信用されたので、広く伝わったでしょう。
しかし、従来はそうでしたが、マスコミやインターネットの時代になって、多産が利他的でなくても実現できるようになってしまいました。が、こうしたミームは長命ではないでしょうし、伝わる際の忠実度は低いでしょう。。
しかし、従来はそうでしたが、マスコミやインターネットの時代になって、多産が利他的でなくても実現できるようになってしまいました。が、こうしたミームは長命ではないでしょうし、伝わる際の忠実度は低いでしょう。。
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