以前行った岐阜城で和時計が展示されているのを見かけ、江戸時代までは一刻の長さが一定ではないのに、どうやって時間を正確に表せたのだろうと思っていた。西洋から時計が入ってきたとしても、そのままでは使えない。
当時は、昼間は夏の1時間の長さが長く、夜の1時間の長さが短かった。冬はその逆。これは不定時法といい、誰でもわかる日の出・日の入りのタイミングを基準に、夜と昼の時間を等分にして時間を決めたためだ。
そんなことでよく何時に集合などという約束ができたものだ。
 
こんな時間の決め方では時計などはできないだろうと思っていたが、和時計はそれに対応できるのをテレビ番組「和の極意」で知った。
季節により時間の長さが変わるのに対応できる和時計は、月単位くらいで昼と夜の時間の長さを設定しなおすことができるようになっている。さらに、それさえもしなくてよい和時計を田中儀右衛門(田中久重)は作ったと言っている。東芝科学館にはその時計を1億何千万かかけて複製したものが展示されているというので確かめたいと思っていたが、見忘れてしまった。
 
この話を書いていて、私が子供のころは、毎日時計のネジを巻いていたのを思い出した。和時計で月単位で設定を変えるのは、毎日ネジを巻くのに比べれば、何でもないことだっただろう。
 
(fr.)b574