昨日の続きです!
思えば以前も、「会社を辞める恐怖」より「いやだ!」という気持ちが勝り、
後先考えず退職したことがあります。30歳手前でした。
今思えば、なぜあの時海外に行かなかったのだろう、と思いますがそれはさておき。
当時の職業も、それまでの私からしたら夢のような職業で、合コンで「仕事は何やってるの?」と聞かれたときに堂々と答えられるのが嬉しかったです。
だけどそんな小さな優越感が満たされるのもその一瞬だけ。
月〜金は死んだように過ごしていました。
楽しみは週末の合コンのみ。
それまで我慢!!
自分をダマすために、「仕事は我慢料」という考えを採用し、必死に耐えていました。
その時も、「これが人生なの?ほとんど我慢して過ごすことが?」と疑問には感じていました。
そんなある日、何かがプッツリと切れてしまったのです。
キッカケは、上司の一言でした。
「来年も数字でなかったら、本当にどうしようもないよ。居場所ないよ」
プッチーーーーーーーーーン![]()
この時、「何だここは?部下が数字出なかったら、どうするか一緒に考えよう、とかもっと寄り添ってくれたらいいのに!突き離し?!」
当時は営業職で、数字が全てです。そこまで成績の出せていなかった私は、元々申し訳ないなぁと、肩身の狭い思いをしていました。そこに追い討ちをかけるような上司の一言に、「ここに味方はいない!」「てか、私にはもうムリ!」と限界に達したのです。
それまでも「失敗だけはしないで」とか「たとえ大親友の結婚式でも仕事は休むな」などと、今思えば完全パワハラの、追い込まれるだけのワードを浴びせられていました。
だけど、世間から見たらいい仕事。
大学時代にスペックで苦い思いをした経験から、やっと手に入れた「いいスペック」を手放したくありませんでした。
だけど、魂の叫びが勝ち、
「やめます。」
と。
次の職も決まっていませんでした。
やりたいことがあったわけでもなく。
ひとまず、有給を消化して、あとは田舎にでも帰ろうと思っていました。
当然、収入はないので、何もせず家と近所のスーパーとの往復のみの節約生活。
しかし1ヶ月もすると、それに飽きてしまいました。
その前の職業はお給料も良かったので、節約などしていませんでしたので、それも苦痛。
なんか楽しくない。。。
だんだんまた働きたい気持ちが芽生えてきて、「また東京で働くから、それまでお金貸して!」と親に頼み、
転職活動を開始しました。
結果、お給料はだいぶ下がるけどもやりたいことを優先して、ある仕事につきました。
3ヶ月ほどプーをしていた私は、仕事があるだけでありがたかったのです。
でも、もう前みたいに我慢はしたくない。
少々お給料は安いけど、やりたいことをやってみよう!
そうしてついた新しい仕事で、私はどんどん開花していきました。
当時の社長は「得意なことをやってくれればいいから」というスタンスで、苦手なことは無理にしなくていい、というタイプでした。とても自由な環境で伸び伸びと仕事ができ、もちろん大変なこともあったけど、この頃は仕事のストレスはあまり感じていなかったように思います。この時代にいろんな人々とも知り合いました。
ただ、お金がついてこなかったw
今思えば、器がなかったんですね。
やりたいことをさせてもらってるだけでありがたいんだし、、、などと自分を納得させ、受け取らないようにしていたのです。
しかしその後、「もっともらっていい」と自分に許可ができ、外資に転職することになるのですが、、、。
えっと、この振り返りからは。
あの時も「やめてもどうにかなった」んですよね。
そして、あの時があったから今がある。
あのまま、その前の仕事を続けていたら、外資に来ることなんてなかったでしょう。
だから、限界が来てやめることも、あながち悪いことではない。
というか、魂の叫びであればそっちの方がいい!
結果、もっとよくなる。
頭では公式理解してるけど、実際やるとなると怖い。
あの、情けなく仕事のない日々。お金もない日々。
またやるのか!と思うと怖いのです。
もちろん、一生のことではないし、その先にもっと大きな広がりがあるのはわかってる(つもり)。
でもその手前が怖い。
怖いってことは
まだまだ覚悟ができてないってこと。
自分を信頼しきれてないってこと。
本当に、心の底から「大丈夫」と思えた時、
手放せるのかもしれない。
だから少しずつでいい。
自分を信頼していこう。
今、自分を信頼しきれていないことを責めないで。
全てはプロセス。
私は今、この地点にいるってことだけ。
それ以上でも以下でもない。
まだ怖いなら
そこから始める。
自分を信頼すること。
自分の思う通りにやってみること。
怖くても、少しずつ。。。