子どもの日も、ひたすら中学受験への備えを固める我が子でした。

 

本当に、怠りません。

 

ただ、朝食後や昼食後は、暫くの間、妻の膝の上に乗って甘えていました。

 

それくらい、息抜きした方がいいです。

 

 

私の息抜きはというと、一日に何度も妻にキスすることです。

 

家事の合間に、軽く抱きしめ合うことです。

 

愛している気持ちを呟くことです。

 

その時、妻が笑顔を返してくれることが、心が晴れるきっかけになっています。

 

背中からそっと抱きしめたら、微笑みを返してくれる伴侶がいるって、本当に貴重だと思いませんか。

 

 

こんなところは、妻は日本人離れしている印象です。

 

でも、外出しているときは、手をつないだり腕を組んで歩く程度です。

 

それは妻の希望ですから、常に尊重しています。

 

でも、子どもが眠った後に語らうとき、私の昔の恋愛のことを話しています。

 

当時は珍しい禁煙の喫茶店で語らっていて、お店を出たら急に私に向き合い、抱きしめられてキスされた時、驚いて恥ずかしい気持ちはあったけれど、こんなに愛されているんだと実感できたと。

 

結婚当初の妻なら、こんな話をすると泣いてしまったでしょう。

 

でも今は、妻が私に同じことをするかしないかではないけれど、こんな愛情表現もあって、男が女に抱きしめられて愛されていることを強く実感するのだということを、感じ取ってくれています。

 

何しろ、当時の恋愛の相手がドイツ人女性で、恐らく永遠に会うことがない相手ですから、伝えやすい側面はありました。

 

ウン十年前になりましたからね…。

 

 

恋愛ではなく国際文通の相手も、名前を憶えていることを妻に伝えたら、「ネット検索してみたら?」と提案されたことがあります。

 

IMEパッドで諸外国語を表示する設定に切り替えることに難儀して、そのままアルファベット表記で検索したのですが、みごとにヒットしました。

 

当時はお互いに10代だったり20代で、お互いのフィルム写真を交換していたので顔は覚えています。

 

年齢を重ねても、ちゃんと面影があるものです。

 

当時はパソコン通信の時代でしたから、メルアド一つ存在していませんでした。

 

ほぼお互いに会えないことが前提のやり取りが、とても懐かしかったです。

 

因みに、当時、どうしても話してみたいとなれば、アマチュア無線をしている人をお互いに探して、双方で協力者が見つかれば可能でした。

 

国際電話料金はべらぼうに高かったですから。

 

ただ、ここまで取り組んだことはなかったです。

 

 

妻とは恋愛時代から、相互に話して伝え、同意し合えたらそのことを成す関係が、ずっと続いています。

 

妻の気分が乗らなければ、もしくは嫌な時は、妻は必ず言葉で伝えます。

 

そうしたら、私はそれを受け入れる。

 

日常生活では、私が気が乗らない場合や、どうしても嫌だったり無理なこともあります。

 

その時も妻に伝え、他の方法を模索します。

 

最近よく使われるようになった言葉では、「自己決定権」に当たることです。

 

私を気に入ってくださった過去の女性は、この自己決定権の意識があり、ちゃんと意思表明できる人ばかりでした。

 

でも、大らかで配慮できる人…でした。

 

 

子どもは、そんな夫婦関係の中で育って、学習を積み重ねています。

 

そのうち、最初は英語でたくさんの愛情表現をするようになる…かもしれません。

 

既に諸外国語での愛情表現の言葉は、子どもによく話しかけているので、あっという間に数カ国語でとなるでしょうか。

 

でも、まずは日本語で、ですね。