『ゴジラ-1.0』〈ゴジラマイナスワン〉IMAX | アディクトリポート

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『ゴジラ-1.0』〈ゴジラマイナスワン〉IMAX

2023/11/3 ユナイテッド・シネマ テラスモール松戸 9スクリーン F-15

 

 

大変満足しました。

 

まともな「ゴジラ(怪獣)映画」以前に、まともな映画作品でした。

 

100点満点です。

 

終映の際には拍手に参加しました。

 

この作品にケチをつける人の気が知れません。

 

以上。

 

 

私はそもそも、『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005)の時から山崎貴監督の手腕を認めており、

 

その2作目『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007)の冒頭でゴジラを登場させた時点で、

すでに同監督が次回作でゴジラ映画を撮りたいのがよく伝わった。

 

ところが同監督は、なぜか「映画秘宝」の柳下毅一郎氏の「なんでもセリフで説明するんですよ」の酷評に始まり、「山﨑貴作品を褒めるやつは映画がわかっちゃいない」ムードが蔓延。

ライムスター宇多丸氏担当ラジオ番組でも、敵意や憎悪むき出しの酷評祭りが、ようやく『アルキメデスの大戦』(2019)で終わるまで執拗に続いた。

 

それがあって、そこらへんと関わりやつながりのある映画レビュワーの『ゴジラ-1.0』批評も異常に手厳しく、

ジャガモンド斉藤氏は70点とあまりにもの辛口評価。

2023/11/02 

 

その反面、もう7年も前なのに、『シン・ゴジラ』(2016)と庵野秀明への評価はいまだに根強く絶対視されている感じ。

「リクープ」って何やねん?

 

リクープ(recoup)

[名](スル)損失などを取り戻すこと。費用を回収すること。「初期開発費用をリクープする」

 

この庵野意見の出どころを探ったら、

↓この動画に行き着いた。

2023/11/01

 

二人の良好な関係ぶりを示す役割分担だろうが、

庵野氏の頑(かたく)なさぶりと、人物や映画監督としての徹底的なダメっぷりだけが読み取れてしまい、

「ダメだこりゃ」の絶望ムードが炸裂。

ますますこの人がキライになりました。

庵野次回作は、どうせ期待できないからもう観ないかも知れません。

 

『シン・ゴジラ』と『シン・ウルトラマン』(2022)は樋口真嗣と共同責任だからおいといて、

ほぼ20年前の東映での単独監督前作『キューティーハニー』(2004)と大同小異だった『シン・仮面ライダー』(2023)で、「オレはこんな映画を観るために2021年のコロナを生き延びたわけじゃない。こんなの2度とみるか!」とガッカリさせてくれたポンコツ庵野が、よりによって同じ浜辺美波を起用しながら、

私を見事に全編にわたり物語にどっぷり入り込ませ、時折こらえきれずに落涙させた、「本作を観るまで生きてこれた幸せ」を堪能した『ゴジラ-1.0』に対して、よくもまあ「ツッコミどころ満載」云々と「それはお前の作品だろ!」な言いがかりをつけられるよなと呆れてしまう。

 

ついでながら日本の縦社会、年功序列の悪しき慣例、いわゆる体育会系/軍隊系的なノリまで受け継ぎ、クリエイターとして別格の山崎貴(1964年生まれ)を歳上なだけで「山崎くん」呼ばわりするゴミ庵野(1960年生まれ)には、同じ愚行で「庵野くん」呼びしていたイズブチなんたら(1958年生まれ)と同じダメっぷりを感じたね。

 

私は「コンヴォア通信さん」「レオンハルトさん」呼びはあっても、くん付けなんかしないよ。(してたらゴメン)

 

『ゴジラ-1.0』の時代設定は、1作目『ゴジラ』の公開年と設定年代の1954年を9年遡(さかのぼ)る終戦間際の1945年から始まって、1作目の7年前の1947年までの2年間を描いている。

そして当時の日本の情景を克明に再現しながら、2023年公開作ならではの独自史観や現代的視点も備わっていて、それは「アメリカも日本政府もマスコミもあてにならない」という、ネット社会の現代では諸問題の頻発でようやく気づいた国民も多い概念に、敗戦を機に目覚めた国民が多数いたという新解釈であり、これまた政府、公安のやることは問題なく全て正解だからそこはすっかり身を任せるという超ボンクラ史観の庵野とは雲泥の差といえよう。

 

そういや2022年4月28日、「令和4年春の紫綬褒章」の受章者が発表され、芸術文化に関わる功績にて、庵野秀明が『紫綬褒章』を受章。「この様な名誉をいただいて良いものか戸惑いましたが、他界した両親と祖母が喜ぶかと思い、ありがたくお受けすることにしました」との言葉を残している。

2012年10月30日に宮崎駿が文化功労者に選ばれた際、「映画は常に、文化を破壊し、損ねる可能性を持っています」と文化と映画の関係に言及し、「いつも危うい道のりに立っていると自戒し、浮かれないことにします」と自重したのとは、これまたえらい違いのダメっぷりである。

 

『ゴジラ-1.0』IMAXの大画面と大音響の迫力は、邦画だけに並いるアメリカ大作映画ほどの効果はないが、それでも選択肢としては通常上映よりも最上位に位置することだけは確実。

 

配信なんか待たずに、ぜひ映画館で上映中に必ずご覧ください。