半年間何もできんかったものだから、草が伸び放題。畑中。山中。やまなか、でなくて、やまじゅう。どこから手をつけて良いのやら。いきなり除草剤は、踏み倒しながらだとかえって時間がかかりそうで、疲れてすぐやめてしまいそうで、鎌で刈ることにした。
草といっても、こんなのは低いからまだいい。かわいいから、小さい時によく摘んで帰ってコップに挿したりした。
でも、こんなのやら
こんなのも。
こいつは、下の方がこんな感じで、根っこから抜いてやる。
で、横倒しにしてやっと完了。
タンポポも結構あるし。綿毛を吸いこんで、ちょっと咳き込む。
名前を覚えているのは、これくらい。花も草も木も、そこにあるものとしてじっと見るのは好きなんだけど、かわいいなあとかきれいだなあとかおもしろいなあとか、好きだなといった感情も生まれるんだけど、イマイチ名前を覚えられない。
物知りの友達がいて、もちろん物の名前もよく知っていて、その人から名前がポンポン出てくると、そのものが確かなものになった気がしていつも真似したいなと思うのだった。でも、覚えやすいのは興味があるスポーツ選手だったり、好きな分野に偏ってしまう。ということは、私は生物が好きじゃないのか。農家失格。まだまだ手伝い気分だという証拠だ。でも、草刈りした後の爽快感は分かっている。
先にこんな道が続いていようとも、
手を止めて振り返ってみると、やってきた証がそこにある。
思ってたより時間がかかって嫌になってきた。気分転換に、私はここに来るのが好きだ。家の前の海。
ひさしぶりに来てみると、誰かが流木アートらしきものを作っているぞ。
ずっと、ずっと先。
桟橋の先?というより、排水溝(と言ったら印象よくないけど)の出口。こんな日差しが強くない日に、ここで寝そべって波の音を聞くと落ち着くのだ。
集落の人の気配からも遮断されて。切りはなされた世界。
休憩したら力が抜けすぎてしまい、鎌を振り回す元気がなくなった。
剪定カスを運ぶことにした。これもだいじなお仕事。これをこのまま放っておいて、枯れ木になって雨が降ると、不思議なことに上になった大事な実に「黒点(こくてん)」という傷みたいなものができ、ランクが下がってしまうのだ。日本は見た目を重視するからね~、と嘆いてみたって、贈答品として贈る習慣があるから高い値段で売れもするのだ。
地面に落ちてるのを拾い集め(写真右)、運び出す。
これも、少しずつ積み重なる成果を確認し、次へとがんばる。
しかしまあ、時間がかかりすぎてしまった。しばらく使わない間に怖くなってしまった草刈り機とチェーンソーを、遠ざけてしまってる場合じゃないな。機会が苦手な私は、また一から使いかたを父に教わらなきゃいけないんだけど。














