今日は、我が家のお寺さんのお施餓鬼という行事でした。普段はあまり熱心な仏教徒ではないのですが、(宗教にのめりこみすぎると怖い気もして、)お墓掃除には小さいころからついて行っていましたし、昔からの行事には参加した方がいいと年々思うようになってきました。昔から続いていることにはそれなりの意味かあるのだと思いますし、ご利益があると聞けば信じますし、しない方がいいと言われていることはしないでおこうと思います。仏様や神様や、何か大きいものの力を信じる気持ちはあります。

 

 ガラガラまわしながら登ったり。

 

 

(見苦しくてすみません。相変わらず縦向きでアップできないのです。)

 

 仏様の足跡を、靴を脱いで乗って拝んだり。

 

 

 お経の途中でまかれる絵札を拾ったり。

 

 

 紛争、戦争の火種になることの多い宗教に関することは、昔から私には興味のある分野です。のめりこまないように、信じつつもある程度距離を取る理由は、ここにあると思います。宗教に関して知りたいという気持ちはあるので、本を読んだりドキュメンタリーを見たり、特集番組をテレビで見たりは続けています。

 

 

 一神教も、悪いとは言いません。ただ、あなたが大切に思うものがあるのと同じように、他の誰かにも大切な何かがあって、それが何なのかということは誰にも決められない自由なものなんだという想像力が必要なんだと思います。まして、力で、暴力で、我が思うとおりにしようなんてもってのほか。

 

 お施餓鬼がある8月。

 お盆がある8月。

 原爆が落とされた8月。

 戦争が終わった8月。

 生と死が近い8月。

 

 これを機に、考えすぎるくらい考えたっていいと思います。特に、若いうちに。私は、友達との旅行でも、広島に行けば原爆資料館で見入ってしまって友達とお茶もせずに帰る時間になってしまい、知覧に行けば特攻隊資料館に見入ってしまい、帰りの飛行機の時間に間に合わなくなってキャンセルしてしまうほどでした。まあ、こんなに極端なのもどうかと思いますが。

 

 世界中の人が、老衰で天寿を全うできる世の中になりますように。

 

 きれいごとじゃなく、勉強すればするほどそう思うのです。